【産経抄】経産省の情報発信力が変だ 3月15日

 1970(昭和45)年の大阪万博は、見合い話から始まった。旧通産省に入省して3年目の堺屋太一さんに、上司から持ち込まれたものだ。堺屋さんは断るのだが、この時の上司の言葉が耳に残った。「若い頃は一つのことにかけてみるのも悪くない。たとえば万博とか」。

 ▼昭和38年だった。堺屋さんはまもなく、人事異動で企業局工業用水課に移り、生まれ故郷の大阪で地盤沈下の問題を担当する。何度も通ううちに、経済面での大阪の地盤沈下の方が深刻だと、感じるようになった。

 ▼東京五輪に匹敵するイベントとして、大阪で万博を開けないか。省内外で同志を募り始めた。曲折をへて実現した万博が、6422万人を集める大成功に終わったのは、周知の通りである。

 ▼東京が2度目の五輪を開催するなら、こちらも続けというわけか。大阪府が2025年国際博覧会(万博)の誘致をめざしている。推進本部のトップを務めるのは、世耕弘成経済産業相である。堺屋さんの後輩にあたる経産省の職員たちも、実現に向けて知恵を絞っているはずだ。その成果の一つだとすれば、残念でならない。万博のテーマなどを説明する報告書案の「関西弁版」を作っていた。

 ▼万博を「人類共通のゴチャゴチャを解決する方法を提言する場」と表現し、「ゴチャゴチャ」の例として「例えばやな、精神疾患」などと記載していた。「関西人をばかにした上に人権侵害だ」。大阪府の幹部があきれるほどの「けったいな」代物(しろもの)である。

 ▼経産省といえば、省内すべての執務室に鍵をかける措置で、メディアから批判を浴びている。かと思えば、発表すべきではなかった報告書案で、ひんしゅくを買う。経産省の情報発信能力が心配になってきた。

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