【産経抄】3月19日

 いまは亡き立川談志さんが地方で務めた高座で、事は起きた。「やってられるか」。名人芸に満座がどかんと沸く中、談志さんが仏頂面で座布団から立った。最前の客が1人舟をこいでいる。客はつまみ出された。

 ▼毒舌で鳴り響く人の前で居眠りとは、よほど太く丈夫な神経の持ち主に違いない。退席させられた客は後日、主催者側に損害賠償を求め、あえなく敗訴した。談志さんも、いい面の皮である。判決直後の談話が残っている。「今度は、居眠りしないで聞きに来い」。

 ▼演者と客の関係を教師と生徒に置き換えても、同じ真剣勝負の舞台だろう。ただし居眠りさせた側の力不足と居眠りした側の気の緩み、どちらに非があるかは判断が難しい。授業中に「居眠りする」と答えた高校生の割合は、日本が15・0%と突出しているという。

 ▼国立青少年教育振興機構が日本や米国、中国、韓国の高校生に行った、昨年の意識調査である。「居眠り」は授業態度とリンクしているらしい。「問題意識を持ち、聞いたり調べたりする」は12・3%で、中国の52・7%や、米国の34・5%と比べて極端に少ない。

 ▼「高い社会的地位に就く」(13・8%)や「リーダーになる」(5・6%)など将来的な野心も、4カ国の中で最も低い。脂ぎった欲が薄いということかもしれない。授業態度に見られる「受け身」の姿勢が、淡泊な人生観に投影されているのだとすれば悩ましい。

 ▼「単調は退屈の母」とは漫談家、徳川夢声の警句である。機構側は教員の側に「授業観の改善が必要」と生徒の意欲を引き出す工夫を求めるが、若者たちの人生観を変える刺激も必要だろう。泉下の談志さんに、お知恵を借りたいところである。「やってられるか」とは言うまい。

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