【主張】JR西無罪確定 遺族の無念を安全に刻め

 乗客106人が犠牲になった平成17年4月のJR福知山線脱線事故で、業務上過失致死傷罪で強制起訴されたJR西日本の歴代3社長に、最高裁は検察官役の指定弁護士の上告を退ける決定をした。1、2審の無罪判決が確定する。

 遺族や被害者の無念は理解できるが、3人に過失責任は認められないとする司法判断は妥当だろう。

 最高裁は1、2審判決を踏襲して、当時は自動列車停止装置(ATS)の設置を義務付ける法令がなく、「現場が、特に脱線事故が起きる可能性の高いカーブだと認識していたとはいえない」とした。経営トップに事故の予見可能性を問うことは難しい。

 神戸地検が検察審査会の「起訴相当」の議決にも不起訴とし、「(審査会は)事実を誤認している可能性がある」と異例のクレームをつけた経緯がある。

 それでも強制起訴されたのは、JR史上最悪の事故でありながら、トップが刑事責任を免れるのは納得できないとする遺族らの心情をくんだ結果だった。

 強制起訴は、純然たる法的判断より被害者の感情に寄り添うあまり、無罪になるケースが多い。長期の裁判を強いられる被告の負担も大きい。制度のあり方には検討を重ねるべきだろう。

 一方、現行刑法では過失責任は個人にしか問えない。遺族らは、重大事故を起こした企業に巨額の罰金を科す「組織罰」の法制化を訴えている。企業に高い安全意識を植え付けるためにも、考慮の余地がある。

 歴代3社長の無罪は“免罪符”ではない。JR西日本は、事故を起こした責任を重く受け止め、より万全な安全対策に取り組まなければならない。多くの乗客を運ぶ鉄道事業者にとって、安全こそ最大のサービスである。全社的にそうした意識を徹底する企業風土を確立すべきだ。

 井手正敬(まさたか)元会長は「JR西は井手商会」と呼ばれたほどの実力者で、民営化後の経営を軌道に乗せた功績はあるが、安全より営利を優先したと指摘される。事故の背景になったのは否定できない。

 ところが、経営の第一線から退いていたとはいえ、事故後、遺族らの前に姿を見せなかった。そうした姿勢が怒りと不信を増幅させ、自身の強制起訴につながった。反省を求めたい。

アクセスランキング

もっと見る

ピックアップ

    どう思う?

    「どう思う?」一覧