【産経抄】コール元獄首相とドイツ国民の幸運 6月19日

 52歳という若さで旧西ドイツの首相の座についたヘルムート・コール氏の政治手腕について、欧米メディアは常に疑いの目を向けていた。「テレビに首相が出演するのを見ると、誰もが自分でも首相が務まるのではないかと思ってしまう」。ここまで書いた新聞もあった。

 ▼アフリカ諸国を訪問中のコール氏が、子供たちに「学校で何を教わっているの」と尋ねた。「フランス語とドイツ語、それにアルジェブラ(代数)」。アルジェブラをアフリカのどこかの国の言葉と勘違いしたコール氏は、こう聞き返した。「アルジェブラでは首相のことを何というの」。コール氏の外国語べたをからかっている。こんなジョークを集めた本が、何冊も出版された。

 ▼転機となったのは、1989年11月9日のベルリンの壁崩壊である。ポーランドを訪問していたコール氏は、すぐにベルリンに戻って、熱狂する東ドイツ市民に呼びかけた。「われわれは一つの国であり続けるだろう」。それから1年もたたないうちに、ドイツ民族の悲願である東西再統一を成し遂げてしまった。

 ▼メディアの評価は一転する。「統一首相」となったコール氏を、ドイツ帝国初代首相のビスマルクになぞらえるようになった。コール氏は身長193センチ、体重130キロ、ビスマルクもやはり巨体であったという。

 ▼16年の長きにわたって国を率い、熱烈な欧州統合の推進論者でもあったコール氏が先週、87年の生涯を終えた。「強運の政治家」は晩年、不正献金疑惑の批判にさらされ、夫人の自殺という悲劇にも見舞われた。

 ▼訃報を受けてドイツ国内では、偉業をたたえる声で満ちている。歴史の転換期にコール氏が首相を務めていた幸運を、多くの国民がかみしめているようだ。

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