【産経抄】7月15日

 一般的な原理から、事実関係を推理・説明することを「演繹(えんえき)」という。AはBである。BはCである。ゆえにAはCである-という「三段論法」は、演繹によって判断を求める演繹法の代表的なものだとされる。これを用いた結論が真であるためには、前提の正しさと、飛躍がないことが不可欠だろう。

 ▼安倍晋三首相は、学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設計画をめぐり、野党が要求する閉会中審査への出席を決めた。自ら説明を尽くすという考えに異存はないが、マスコミがその中身をきちんと伝えるかというと心もとない。

 ▼これまでの一連のマスコミ報道を追うと、演繹法が誤用されている印象が濃い。安倍首相は悪である。加計学園理事長は安倍首相の友人である。ゆえに不正がなされたに違いない。そんな根拠のない前提のもとで、飛躍した論理が流布されてはいないか。

 ▼『ビルマの竪琴』の作者として知られるドイツ文学者、竹山道雄は唯物史観を批判する評論の中でこう説いた。「まずある大前提となる原理をたてて、そこから下へ下へと具体的現象の説明に及ぶ行き方は、あやまりである」。

 ▼その上で、さらに続ける。「『上からの演繹』は、かならずまちがった結論へと導く。(中略)事実をこの図式に合致したものとして理解すべく、都合のいいもののみをとりあげて都合の悪いものは棄(す)てる」。

 ▼衆参両院が10日開いた閉会中審査で、加計学園誘致を進めた当事者の加戸守行・前愛媛県知事が行った証言について、翌11日付の朝日新聞と毎日新聞の朝刊は、一般記事中で一行も取り上げなかった。安倍政権の対応を批判する前川喜平・前文部科学事務次官の主張と真っ向から食い違うため、都合が悪いと棄てたのだろう。

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