【産経抄】柳田国男の夏休み 8月8日

 昨日に続いて、夏休みの話である。民俗学者の柳田国男は明治30年、大学2年の夏休みを愛知県の渥美半島で過ごしている。伊良湖岬の浜を散歩していると、流れ着いたヤシの実を見つけた。

 ▼柳田は晩年、ヤシの実を黒潮に乗って南方から渡来した日本人に重ね合わせて、名著『海上の道』を書いた。そのなかで、友人の島崎藤村が柳田から話を聞いて「椰子(やし)の実」の歌を作ったエピソードも明かしている。♪名も知らぬ遠き島より…。流れ着いたヤシの実の故郷は、どこだったのだろう。

 ▼渥美半島の海岸は古来、魚や貝、植物から難破船まで、さまざまな「海の贈り物」に恵まれてきた。観光協会(現観光ビューロー)では、有名になったヤシの実をなんとか町おこしに利用できないかと、知恵を絞った。そこで生まれたのが、沖縄県の石垣島を「名も知らぬ遠き島」に見立てるアイデアである。昭和63年から毎年夏には、ヤシの実を現地の海に投げ入れてきた。

 ▼これまで30回にわたって流したヤシの実は3379個にのぼる。約1600キロの「海上の道」を通って渥美半島にたどり着いたのは、わずか4個である。列島各地の浜辺では、約130個が見つかっている。観光ビューローでは、ヤシの実のオーナーと拾った人を渥美半島に招いて、「対面式」を行ってきた。

 ▼♪故郷(ふるさと)の岸を離れて 汝(なれ)はそも波に幾月…。台風5号は迷走を続け各地に大雨を降らせたあげく、日本列島を縦断中である。今年投げ入れられたばかりのヤシの実は、荒れ狂う波にもまれて、どこを漂っているのか。

 ▼今日は、昭和37年に87歳で亡くなった柳田の命日に当たる。立秋が過ぎ、「国男忌」は秋の季語となる。とはいえ猛暑は、これからが本番である。

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