【外信コラム】蔡焜燦さんは日本人にとって理想の戦友であり、父親であり、祖父だったのだろう

 台湾の「日本語世代」を代表する存在で「愛日家」を名乗った蔡焜燦氏が先月、逝去した。享年90。蔡氏は産経新聞の熱心な読者でもあった。日本の新聞は空輸で午後に届く。天候不良で遅れると、支局の電話が鳴る。「靖人さん、今日は新聞は休みですか」。代々の支局長が同じ問い合わせを受けてきたそうだ。

 当欄で「支局近くの回転ずしがおいしかった」と書いたところ、早速の電話で「ちゃんとした和食を食べてないんですか」とご心配いただいたこともある。

 蔡氏は日本からの来客によく食事をごちそうした。注文の時の蔡氏は、日本ではなく台湾への愛情が前面に立った。切り干し大根入りの卵焼きやサザエの缶詰を使ったスープなど、台湾の「庶民の味」を熱心に紹介し、「蒋介石と一緒に来た魚は食べない」と台湾の伝統的な魚料理を選んだ。

 席上の話題は「老台北(ラオタイペイ)」として台湾を案内した司馬遼太郎の思い出に始まり、短歌や旧軍の軍歌など多彩だった。亡くなる前夜、同世代の友人から電話で日台交流の世代交代の話を聞いた後、「少し疲れた」と言って床についたという。

 その人柄に触れた日本人にとり、蔡氏は理想の戦友であり、父親であり、祖父だったのだろう。そのほんのわずかにでも触れる機会を得られたことを、幸運に思う。(田中靖人「台湾有情」)

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