泉下のマルクスは…“暴力革命”で誕生した共産主義国家に何を思う

 大陸から離れた島国、英国は亡命者に寛容だ。汚職裁判中に国外逃亡したタイのインラック前首相がロンドンで政治亡命の申請をしたと伝えられている。

 プロイセン、フランス政府などから追放されたカール・マルクスも1849年から三十余年も英国に居住した。世界で初めて産業革命に成功した英国は資本主義が普及する一方、その矛盾として貧富の差が広がった。立憲君主制国家、英国でマルクスは生涯を労働者解放にささげたという。

 この夏、国士舘大学の福永清貴、篠原敏雄・両教授とマルクスゆかりの地を辿(たど)った。転居を繰り返したマルクスの旧居跡はつつましく、大英博物館の図書室に通い「資本論」を書き上げた清貧生活がうかがえた。

 しかしハイゲート墓地の巨大なマルクスの半胸像の墓に違和感を覚えた。台座には金色で「万国の労働者よ団結せよ」と書かれている。83年に64歳で世を去った際、同墓地内にひっそり埋葬されたが、1954年、現在の墓に移され、旧ソ連によって大墓標が建てられたという。

 “暴力革命”で誕生した旧ソ連や中国、北朝鮮などの共産主義国家は労働者の人権・自由を抑圧し、粛清、虐殺を繰り返した。「1億人が犠牲」(「共産主義黒書」)となったことを泉下のマルクスはどう思うだろうか。(岡部伸「ロンドンの甃」)

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