【産経抄】11月12日

 西鉄の大投手、稲尾和久は打席でも頼りになった。巨人と争った昭和33(1958)年秋の日本シリーズは、登板した第5戦でサヨナラ本塁打を放っている。作家の丸谷才一さんはこの一打を「球界の神話」と賛美した。

 ▼西鉄が3連敗から4連勝で制した伝説の名勝負である。聞けばうなずくオールドファンも多いだろう。〈「神様、仏様、稲尾様」だから当然だけれど〉。丸谷さんが『野球いろは歌留多(かるた)』に書き留めている。投打の分業制が敷かれた昨今の野球事情を思えば、「神話」とは言い得て妙である。

 ▼いやいや、当代にも「神様」候補はいます-と泉下の丸谷さんに投げ掛けてみる。漫画の中の「投げてはエース、打っては4番」という夢物語を形にした青年が、「二刀流」を携えて海を渡る。日本ハムの大谷翔平選手(23)である。

 ▼今オフの入札を経て米大リーグに挑むという。11日の会見で「(投打のうち)一つ諦めるということは今の時点では考えていない」と語った。昨年は「1番・投手」で先頭打者本塁打を放ち、今年は「4番・投手」で先発している。

 ▼常識や定石ではこの大器を測れまい。最速165キロの速球を放つ右腕と快音を響かせるバット、本場の猛者を黙らせるのはどちらの刀か。投打一方への専念を促す声はあるものの、「翔平の天井はこんなところではない」という栗山英樹監督の言葉を信じ、二兎(にと)を追う若者の武運を祈ろう。

 ▼〈今やかの三つのベースに人満ちてそゞろに胸の打ち騒ぐかな〉正岡子規。満塁本塁打に熱狂するファンをよそに、ダイヤモンドを涼やかに駆ける「4番・投手、大谷」を夢想する。「大谷君だから当然だけれど」。丸谷さんをうなずかせることができれば、二刀流も免許皆伝である。

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