【産経抄】振り袖騒動は平成末期の人間模様を映し出す 1月12日

 平成2年に86歳で亡くなった作家の幸田文は、和服をこよなく愛した。幾十枚に及ぶ着物について、時折思い返し、時代の流れと「女の履歴」を感じてきた。

 ▼「やっとあがなって、楽しく着て、そしてもう今はなくなって、想い出だけになってしまった着物が、でもその想い出のたびごとに懐かしくて、ひとりで微笑してしまう」。「振袖を買う」という随筆の一節である。

 ▼「成人の日」という一生に一度の晴れ舞台に、振り袖は届かなかった。晴れ着の着付けやレンタルを手がける業者「はれのひ」が直前に営業を取りやめた。社長や幹部は行方をくらましたままである。警察は詐欺容疑も視野に入れている。「想い出」を台無しにされた新成人と家族の怒りが、収まることはないだろう。

 ▼2年前から契約して、約70万円を支払った例もあるという。個人で売り買いができるフリーマーケットアプリ「メルカリ」には、約2カ月前から多数の振り袖や帯が出品されていた。メルカリは、「はれのひ」との関連を調査中である。社名が似ている会社には、いたずら電話が相次いだ。ただトラブルを知った呉服店が急遽(きゅうきょ)レンタルを受け付け、被害者救済に動いたとも聞いた。不愉快なニュースが続くなかで、救われる思いがする。

 ▼事件とは関係がないけれど、数日前に「夕刊フジ」で見つけた記事も興味深い。児童養護施設の出身者に無料で振り袖を貸し出し、ボランティアを募って写真撮影や着付けを行う団体がある。「ACHAプロジェクト」の代表を務める24歳の女性も、18歳まで施設で過ごしてきた。

 ▼欲望がうごめき、悪意が跋扈(ばっこ)するなか、善意の光をともす人たちがいる。振り袖騒動は、平成末期の人間模様を映し出す。

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