【甘口辛口】北の湖前理事長も日参…大相撲の発展を陰から支えた築地市場

 ■10月8日 築地市場が83年の歴史に幕を閉じた。小欄もかつては社で夜勤の後、神田あたりで飲み明け方、市場までタクシーを飛ばしスシを食べて帰った思い出がある。まだ観光スポットになる前だが、そこだけは一日の元気の源といった感じの別世界だった。豊洲移転に最後まで反対した人たちが「涙が出るほど悔しい」と言うのもよくわかる。

 築地といえば、平成27年11月20日に亡くなった相撲協会の北の湖前理事長(元横綱)を思い出す。三保ケ関部屋から独立し、北の湖部屋の師匠になると弟子たちの稽古を見るだけではなかった。ちゃんこの材料買い出しを若い衆任せにせず、稽古の前に自ら築地市場に日参していた。

 市場の小売業者に懇意にしている知人がいて、魚の選び方、おいしい食べ方などのイロハを教わったという。毎日のちゃんこのメニューを考えて魚を選び「おやじ(親方)が目利きしたきょうの魚は?」と弟子たちの食欲をかりたてた。理事長になっても、東京にいる限りは築地通いが日課だった。

 かつて、相撲界では牛や豚の肉は筋肉を硬くするといわれ栄養源は魚が主流。まだ、両国周辺に多くの部屋があり若い衆が「河岸(かし)に買い出し」といえば築地だった。横綱も大関もイワシやアジなどの小骨を箸で器用に取りながら食べたものだ。切っても切れない縁で築地は大相撲発展に隠れた貢献があったといえる。

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