【正論3月号】商業捕鯨再開へ 外交工作の舞台裏 産経新聞正論調査室次長、田北真樹子

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■脱退は戦後日本外交の総決算

 昨年12月20日朝、日本政府に緊張が走った。北海道新聞が同日付1面で、日本の国際捕鯨委員会(IWC)脱退方針を報じたからだ。記事を書いたのは水産庁担当記者。政府関係者が懸念したのは、数時間後に迫った欧州連合(EU)理事会での日本との経済連携協定(EPA)の最終承認への影響だった。EU加盟28国のうち23カ国は「反捕鯨国」に分類される。最終承認の前に日本のIWC脱退の方針が伝われば、反捕鯨国が反発する可能性も排除できなかった。特に外務省は細心の注意を払って水面下で調整してきただけに固唾をのんで推移を見守った。

 日本政府の懸念は杞憂に終わった。EU理事会は予定通り承認した。21日夜、日本とEUは承認を相互通告し、2月1日のEPA発効を確認した。政府は12月25日の閣議で脱退を決定し、26日に菅義偉官房長官談話を発表した。同日には国際捕鯨取締条約に基づき、米国政府を通じて同条約と同条約の議定書からの脱退を通告した。6月30日に脱退し、日本は約30年ぶりに領海と排他的経済水域(EEZ)に限定して、商業捕鯨を再開する。

 道新報道が日本の段取りに影響しなかったのは、道新がブロック紙で海外メディアの目に触れにくかったこともある。むしろ脱退に向けた動きが道新報道まで漏れることがなかったのは珍しいことだ。商業捕鯨の再開に向けた決意の強さの表われといえる。政府高官は安堵の表情を浮かべ、こう語った。

 「IWC脱退は、安倍政権が掲げる戦後日本外交の総決算の一つだった」

■条約の目的から外れたIWC

 鯨食文化を持つ日本は長年、IWCで不当な扱いを受けてきたにもかかわらず、最大の分担金負担国であり続けてきた。

 IWCは国際捕鯨取締条約のもと、鯨類資源の持続可能な利用や保護を目指す執行機関として1948年に設立された。日本は51年に加盟したが、70年代の環境保護の動きの強まりによって、かつての捕鯨国が雪崩を打って反捕鯨国に立場を転換、82年には商業捕鯨モラトリアム(一時停止)を決定した。モラトリアムは「鯨類資源に関する科学的情報を取集し、捕獲枠の見直しをすること」が目的で、商業捕鯨を禁じたわけではなかった。それにも関わらず、解釈が捻じ曲げられモラトリアムは引き延ばされている。見直しの機運も、クジラの「愛護団体」と化した反捕鯨国によって完全に封じられている状況だ。

 IWC加盟国でもノルウェーやアイスランドは商業捕鯨を続けている。日本も異議を申し立てたが、86年には異議申し立てを取り下げ、88年4月以降、商業捕鯨を中断した。「国際協調」の名のもとに抵抗することもなく、反捕鯨国の圧力に屈した。

 日本の分担金は1800万円で、全体の8%を占める。設立目的から逸脱し、日本批判を常時展開する国際機関の最大の分担金負担国である必要はもはやない。

 「IWCにしろ、慰安婦問題などを取り上げる国連にしろ、国際機関はひどい」

 首相官邸筋はこうつぶやいた。

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