【iRONNA発】二階派合流の政治家・細野豪志に同情する 上久保誠人氏

 ◆「野党の左傾化」

 細野氏や前原氏らが主導した無謀な行動の背景には、「野党の左傾化」による孤立という強いストレスがあった。結局、細野氏が迷走を続けた末に、とうとう自民党に走った背景には自民党に入りたくても入れなかった「新党保守派」としての運命があった。

 細野氏の政界入りには、母校京大の先輩である前原氏が関わっている。そもそも、細野氏を政界に引っ張った前原氏自身が、保守派論客として知られる。しかし、彼の政界入りも、実は自民党からの立候補がかなわなかったため、細川護煕元首相が立ち上げた日本新党から出馬したという経緯があった。

 前原氏が政界入りしたのは平成5年の総選挙で、自民党の38年間の長期政権に幕を下ろし、非自民の連立政権である細川政権が誕生したときであった。当時、自民党の長期政権に対する批判が高まり、「政治改革」が一大ブームを巻き起こした。

 そのブームに乗って政界入りを目指す若者も多かった。それは、旧社会党や旧民社党、市民運動系だけではなく、前原氏や野田佳彦元首相ら「松下政経塾出身者」が中心の保守的な政策志向を持つ若者も少なくなかったのである。

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