【主張】令和のスポーツ 五輪成功の期待に応えよ 高い規範意識と危機感を持て

 令和を迎えたスポーツ界の浮沈は、来夏の東京五輪・パラリンピックの成否にかかっている。

 日本オリンピック委員会(JOC)は「金メダル30個」を目標に掲げた。過去の夏季大会で最も多かった16個の2倍近い数だ。スポーツ界からは「過大な目標設定」と危ぶむ声も聞かれるが、本年度の国の当初予算では、選手強化費が初めて100億円を超えた。国民の高い関心と期待の表れであり、スポーツ界はこれを追い風に全力で結果を残してほしい。

 ≪選手の価値高めた平成≫

 平成の30年余は、日本が世界に抱き続けてきた卑屈な感情を一掃した時代といえないか。

 昭和の時代に日本の選手が米大リーグでタイトルを獲得する姿を想像できたか。夢の舞台だったワールドカップ(W杯)にサッカー日本代表は平成時代、6度連続の出場を果たした。

 体のサイズや身体能力の劣等感をぬぐったのは、大リーグで活躍した野茂英雄や最高峰のイタリア・セリエAで異彩を放った中田英寿らである。米国で数々の安打記録を塗り替えたイチローは、3月の引退会見で「『できる』と思うから挑戦するのではなく、『やりたい』と思えば挑戦すればいい」と語った。

 野球、サッカーにとどまらず、若い選手が次々と国際舞台に身を投じる。先人が実績を通して日本選手の心理的な壁を除いた成果だろう。令和時代のアスリートも、この流れを止めてはならない。

 平成5年に発足したサッカーJリーグは地域密着のビジネスモデルを確立し、プロ野球の本拠地分散やバスケットボールのBリーグ創設といった動きに波及した。

 スポーツの新たな市場価値が生まれたことにより、五輪競技でも選手のプロ化が進んだ。これも平成の遺産である。

 女子柔道で五輪2連覇を果たした谷亮子(旧姓・田村)、競泳男子平泳ぎで2大会連続2冠の北島康介らの活躍により、選手の市場価値が高まり、有望選手が後に続くという好循環につながった。

 インターネット、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の普及などメディアが多様化したことにより、自らの言葉でファンに情報発信し、商品価値を高めるアスリートも増えてきた。アスリートが自らの力で社会的な地位を勝ち取ったことも平成の特徴といえる。

 スポーツは国力の象徴であり、2020年東京五輪の招致はその延長線上で実現した。

 この結果、選手のみならず競技団体にも組織運営の「透明性」や「高潔性」など従前以上に高い規範意識を求められるようになった。相次いだ不祥事は、スポーツ界が意識の面でも組織運営の面でも、社会から取り残された存在であることを際立たせた。

 加えてスポーツ界は自浄能力を欠いた。競技団体が守るべき規範を定める「スポーツ団体ガバナンスコード」の策定をスポーツ庁に全面的に委ね、理事の定年制や多選制限が盛り込まれると「競技団体の実情を反映していない」と恥ずかしげもなく批判する。

 自己都合しか考えない組織運営を続けていては、国民の支持は到底得られまい。

 ≪日本への尊敬勝ち取れ≫

 JOCが政界との結びつきが強かった日本体育協会(現日本スポーツ協会)から独立したのは、平成元年だった。モスクワ五輪のボイコットを教訓に、政治に左右されない財政基盤と発言力を身につけることを理想に掲げたが、自主・自立の気概は現在も驚くほど薄い。JOCが模範となるリーダーシップを示せなかったのは、平成の負の遺産にほかならない。

 来年の東京五輪が終われば、国からの選手強化費は確実に減るだろう。競技団体は自主財源の確保に動くなど、今から備えが必要である。継続的な選手強化への国民の理解が得られるかどうかは、東京五輪での好成績に加え、競技団体が自ら姿勢を正せるかどうかにかかっている。

 改元に伴う本紙の対談で、日本サッカー協会元会長の川淵三郎氏は「サッカーが強い国と思ってもらえれば、日本人は尊敬される。われわれスポーツに携わる者としては、そういう目標に向かって努力を続けることが日本を高めることにつながると思っている」と述べた。日本のスポーツ界全体が、その気概を忘れてはならない。

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