【主張】昭和の震災 埋もれた教訓掘り起こせ

 広島、長崎の原爆忌と終戦の日が過ぎ、8月も残りわずかとなった。昭和を振り返り、命に向き合う時季でもある夏の終わりに、終戦の前後に日本列島を襲った「昭和の震災」のことも思い起こしたい。

 昭和18年から23年にかけて死者数が千人を超えるマグニチュード(M)7~8級の大地震が、立て続けに発生した。

 18年鳥取(M7・2、死者1083人)▽19年東南海(M7・9、死者・不明1223人)▽20年三河(M6・8、死者2306人)▽21年南海(M8・0、死者1330人)▽23年福井(M7・1、死者3769人)-の5地震である。

 これらの地震災害は、戦災にかき消されて記録と教訓が十分に伝えられていない。しかし、日本の地震防災、とくに次の南海トラフに備えるうえでは極めて重要な教訓をはらんでいる。

 埋もれた教訓を掘り起こし、命と生活を守るための備えと行動につなげなければならない。

 5つの地震のうち、東南海、南海地震は南海トラフを震源域とする海溝型地震で、残りの3地震は南海トラフの活動により誘発された地震と考えられる。

 南海トラフでM8~9級の地震が発生する確率は30年以内に70~80%とされ、終戦期のような地震活動のピークが迫っている。南海トラフの活動が海溝型巨大地震だけでなく、広い範囲で内陸直下型の大地震を誘発することを、強く認識する必要がある。

 海溝型地震と津波対策はもちろん重要だが、直下型への備えがおろそかになってはならない。

 また、昭和の南海トラフ地震は東側の東南海と西側の南海地震の発生に2年の間隔があった。

 政府の中央防災会議は、このような「半割れ」のケースで割れ残った地域の住民に対して1週間程度の一斉避難を求めるとした。難しいのは「半割れ」状態が1週間を超えた場合の対応である。

 日常生活と生産活動を続けながら、いつ起きてもおかしくない大地震と津波から命を守る態勢を築かなければならない。国の指針(ガイドライン)で一律に対応できる問題ではない。自治体、公共機関、企業、住民がそれぞれ最善の対応を考え、それを統合する必要がある。「昭和の震災」に学び、その一歩としたい。

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