【外信コラム】晩年は獄中生活も 韓国、財閥といわれた「大宇」の思い出

 韓国で「現代」や「サムスン」と並んで3大財閥といわれた「大宇(デウ)」の創業者、金宇中(キム・ウジュン)氏がこのほど亡くなった。82歳だったが、国際的にも知られた大宇グループは解体されてすでになく、晩年は獄中生活も経験するなど寂しかった。

 彼は30歳の1967年に小さな衣料輸出会社を立ち上げ、30年間で建設や造船、自動車を含む巨大企業集団を作り上げた。韓国経済が「漢江の奇跡」といわれた高度成長時代のシンボル的存在で、彼の言葉「世界は広くやることは多い」は流行語になり最も人気のある経営者だった。

 「世界経営」をモットーに海外進出に力を入れ中東やアフリカ、東欧など“隙間ビジネス”に果敢に挑戦したが、97年7月に始まったアジア通貨危機を受け財閥解体を余儀なくされた。そのときの負債総額は90兆ウォン(約9兆円)弱で「人類最大の破産」と皮肉られた。今からいえば典型的なバブル経営だったが、自家用機で世界を飛び回る姿は若い世代の憧れでもあった。

 韓国経済が低成長に落ち込み見通しが明るくないこともあって世論は故人を大いに懐かしがっているが、筆者にとって大宇の思い出というと「大宇自動車」が91年に韓国で初めて売り出した低価格の軽自動車「ティコ」。あれもまた日本のスズキとの提携によるものだった。(黒田勝弘「ソウルからヨボセヨ」)

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