【話の肖像画】歌舞伎俳優・中村獅童(48)劇中で絶叫「おやじ、ありがとう」

劇中で絶叫「おやじ、ありがとう」

 《平成20年、父親の小川三喜雄(みきお)さんが胃がんのため死去。79歳だった。三代目中村時蔵(ときぞう)の三男で、初代中村獅童を名乗っていたが、10代のときに歌舞伎俳優を廃業した。その後は銀行員から映画プロデューサーに転身。時代劇全盛期が終わると輸入会社を設立し、晩年は中村獅童事務所の会長を務めていた》

 父は家では芝居の話を一切しないし、「お前の芝居なんか見に行くか、ばか野郎っ」と、僕の舞台にも来なかった。それが主役とかをやらせていただくようになったら、見に来るようになったんです。

 幕が開いて、まだ何もしていないのに、客席でパチパチって拍手をしている人がいるんですよ。「誰だろう。よほど熱心なファンの方かな」って、ちょうど目が合ったら、うちのおやじだった。隣の席の知人に「うちのせがれ、わかる?」なんて感じで話しかけていて、もうわかりやすい昔かたぎの江戸っ子なんです。見せ場では頭の上に両手を挙げて、パチパチって派手な拍手をするからすごく目立っていました。

 父の親しい知人から伺ったのですが、病床で「獅童は異端系の役者かもしれないけれど、その個性を生かせばきっとよくなると思う。『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』の知盛(とももり)なんか、あれは人が持っていないものを持っている知盛だった。松永大膳(まつながだいぜん)も大きくてよかった」と話していたらしいです。

 《大阪・梅田芸術劇場で舞台「黒部の太陽」に出演していたため、東京の自宅で療養していた父親の最期をみとることができなかった》

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