「篠竹伝説」に泥塗った日大アメフト選手の悪質プレー

2001年6月、日大アメフト部の篠竹幹夫監督(左)

2001年6月、日大アメフト部の篠竹幹夫監督(左)

 ■5月16日 “鬼の篠竹”も泣いているだろう。日大アメリカンフットボール部の監督を1959年から44年務め、17回も甲子園ボウルを制した故篠竹幹夫氏をふと思い出す。鉄拳制裁も辞さないスパルタ指導の半面、繊細でシャンソンを愛しロシア生まれの名曲『百万本のバラ』を原語で歌い、詩も書くなど魅力ある人柄で学生に慕われた。

アクセスランキング

もっと見る

ピックアップ