日本がインフラなど莫大な資本投下…戦前の韓国は「高成長」だった

【お金は知っている】

 韓国政府は日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の失効を回避すると同時に、日本による半導体材料の対韓輸出管理厳格化についても、世界貿易機関(WTO)への提訴手続きを止めたが、日韓関係がこれで好転に向かうわけではない。「日韓併合」以来の両国関係について、韓国側が被害者との認識を変えないからだ。

 日本側が「日韓友好」の名分のもとに毅然と反論してこなかったことも祟(たた)っている。安倍晋三首相と文在寅(ムン・ジェイン)大統領の今月下旬の会談準備が進んでいるようだが、輸出管理、いわゆる元徴用工、慰安婦問題はもとより、歴史認識での生半可な妥協は避けるべきだ。

 グラフは、1910年の日韓併合後、日米開戦前の40年までの韓国の実質経済成長率の推移を部門別に追っている。データは英国の経済史専門のデータバンクであるグロニンゲン成長開発センターに所蔵されている。まとめたのは李栄薫(イ・ヨンフン)ソウル大学経済学名誉教授を理事長とするソウルの落星台(ナクソンデ)経済研究所であり、学者としての良識あふれた韓国の専門家の労作による。

 成長率はトレンドを見るために各年までの5年間の年率平均値を筆者が算出した。一目瞭然、韓国(この場合、南北朝鮮)の実質成長率は10年代で6%近くに達し、それ以降も3%前後を維持し、37年までの5年間は6・5%の高成長を達成した。経済の牽引(けんいん)車は鉱工業部門で、10年代は9%台、30年代は16%を超えた。農水産部門は鉱工業に比べて水準はマイナスに落ち込んだ時期もあるが、おおむね2%前後の実質成長を遂げていた。

 46年3月に日本外務省調査局がまとめた「朝鮮統治の性格と実績-反省と反批判」によれば、韓国の歴史文書である李朝実録の記述を参考にすると、韓国の耕地面積は李朝隆煕元年(07年、日韓併合条約は隆煕4年)までの215年間で約4割弱の絶対的減少、李朝末期に至る151年間で人口は2割弱減少したという。つまり、李朝時代の韓国の農業は縮小に縮小を重ね、農民は困窮を窮めていた。

 韓国併合時に現地を見て回った英旅行家イザベラ・バードの『朝鮮紀行』(講談社学術文庫)では「堕落しきった朝鮮の官僚制度の浄化に日本は着手したのであるが、これは困難きわまりなかった。日本が改革に着手したとき、朝鮮には階層が二つしかなかった。盗む側と盗まれる側である。そして盗む側には官界をなす膨大な数の人間が含まれる」とある。

 日本はインフラや農業基盤整備、鉱工業開発投資と莫大(ばくだい)な資本を投下し、グラフにあるような高成長を実現した。韓国の当時の成長率は日本本国を多くの期間上回った。対照的に大英帝国の植民地インドの成長率は低く、20年代後半からはゼロ%台で推移したのと雲泥の差だ。(産経新聞特別記者・田村秀男)

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