元関電会長、小林庄一郎さん死去 「クーデター」を主導

 関西電力の社長、会長を務めた小林庄一郎(こばやし・しょういちろう)氏が4日、心不全のため死去した。97歳。通夜、葬儀は近親者で行う。お別れの会は未定。会長だった昭和62年2月26日、同社の実力者だった故芦原義重名誉会長を解任した「関電2・26事件」で知られる。

 中国・大連生まれ。東京帝国大学(現東京大学)経済学部在学中に学徒動員となり、海軍少尉として駆逐艦に搭乗。山口県沖に停泊中の艦上で終戦を迎えた。

 22年に関西配電(現関西電力)入社。45年、47歳で取締役。常務、専務、副社長とスピード出世し、52年に54歳で社長に就任した。60年に会長。電気事業連合会会長やNHKの経営委員長、関西経済連合会の副会長など、社外でも要職を務めた。

 小林氏が注目されたのは62年2月26日、当時、代表取締役名誉会長として絶大な権力をもっていた芦原氏に対し、取締役会が解任の緊急動議を可決したこと。議長を務めていた小林氏が、水面下で改革に動いたとされる。関西を代表する企業での“クーデター”劇は「関電2・26事件」として長く語り継がれた。

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