羽生善治棋聖、少年時代の“赤い帽子”に心温まるエピソード

 【高嶋ひでたけのラジオ“秘”交友録】

 半世紀にわたってラジオ・パーソナリティーとして活躍してきたフリーアナウンサー、高嶋秀武(75)。これまでに出会ってきた数え切れないほどの著名人の素顔を紹介する。

                   ◇

 「高嶋さん、この子がこれからの将棋界を背負っていきます」と佐瀬勇次八段(当時)。

 今から三十数年前のあるデパートで行われていた「将棋祭り」の控室でのこと。

 当時佐瀬先生は将棋の普及に命をかけ、あちこちのデパートで開かれる「将棋祭り」を熱心に仕切っていた。

 棋士では珍しく車の運転をする先生だった。車といえばカーラジオ。先生は私の担当していた「今日も快調!朝8時」のヘビーリスナーでもあったのだ。

 そんなことから私は「将棋祭り」のお手伝いをするようになり「この子」羽生善治四段と出会ったのである。

 当時、羽生さんは中学3年生。色白で細っそりしたひ弱そうな少年であった。

 もちろん当節の藤井聡太六段と同じように中学生で四段という天才棋士であったのだが、とてもそんな風には見えなかった。

アクセスランキング

もっと見る

ピックアップ