世界文化賞・歴代の巨匠 歌舞伎俳優、中村歌右衛門さん(5) まるで一幅の錦絵

 --けいこ場での歌右衛門さんの指導を見たことがありますが、役者さんだけでなく、義太夫やお囃子(はやし)にまで注文をつけています。テンポとか間(ま)について。

 歌右衛門 ええ。言わなくちゃわかりませんもの。まちがったまま行ってしまうとこわいですよ。

 --教えながらせりふを口にしていますね。どんな芝居のせりふも音楽も体の中に染み込んでいらっしゃる。

 歌右衛門 そうでしょうか。

 --まだせりふの入っていない役者さんにせりふをつけているときもありますね。

 歌右衛門 そうですよ。おかしなもので、書き物(新作)の場合、忘れてしまうこともありますが、時代物になるとたいがい覚えていますね。

 《そのせりふも、脇役のものまできっちり記憶している。すべてを芸一筋に打ち込んできた蓄積は果てしない。歌舞伎座の芸術監督として、療養中の今も車いすのまま毎月のようにけいこ場へ足を運ぶ》

 --役者さんの中には、70歳をすぎてから急に光を放つ人もいると聞きますが。

 歌右衛門 そうです。70の声を聞いたら、芸がいっぺんに光を放つことが。

 --長い蓄積のたまものですか。

 歌右衛門 それまで積み上げてきたものが、突然光を放つんです。それで思いだした。父(五代目歌右衛門)の写真帳(昭和11年発行の写真集「魁玉(かいぎょく)歌右衛門」)を出すとき、子供の私が徳川様(貴族院議長を務めた徳川家達氏)へお願いにうかがったんですよ。最初のページをめくったところに字を書いていただくために。東京体育館がある千駄ケ谷の御殿でした。そうしたら、「放光」と書いてくださった。

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