草刈正雄主演「体操しようよ」が挑む伝統のホームドラマ

【映画深層】

 日本映画が伝統的に手がけてきたホームドラマに挑んでみたいという思いもあった。11月9日公開の「体操しようよ」は、むき出しの人間関係を描いてきた菊地健雄監督(40)には意外ともいえるほんわかした雰囲気が漂うコメディーだ。定年を迎えた父とその娘をはじめ、さまざまな家族の形が登場するが、「いくつかのパターンの中で、親子ってこういうこともあるよね、みたいなことがあぶり出されるといいのかなと思った」と話す。

老後は老後で大変だ

 主人公は、草刈正雄演じる佐野道太郎、60歳。早くに妻を亡くし、一人娘の弓子(木村文乃)に支えられて会社を無遅刻無欠勤で勤め上げたが、定年退職したとたん、娘から「今日からはお父さんが主夫」と突き放される。家事などしたことがない道太郎にとって、未知の生活が始まった。

 この第2の人生に大きな影響を与えるのがラジオ体操だ。地域のラジオ体操会で明るく声をかけてきたのぞみ(和久井映見)の憂いのある姿をのぞき見た道太郎は、彼女への興味からラジオ体操会に足しげく通うようになる。

 「このお話をいただいたときには、草刈さんとラジオ体操は決まっていた。草刈さんは二枚目でかっこいいスターという印象があったし、その草刈さんが情けないおやじを演じ、かつ体操をしているというところで、これはもう一つの映画になるのかなと思った」と菊地監督は振り返る。

 道太郎に重ね合わせたのは、68歳になる自身の父親の姿だった。銀行を辞めた直後は悠々自適の暮らしぶりだったが、両親と同居する祖母は90歳を超えて介護を必要とし、近所に住む妹の子供たちは毎日のように遊びにくる。離れて暮らす菊地監督の目にも、老後は老後でかなり大変なんだなと映るようになった。

 「戦争を生き抜いた世代の祖父は昔かたぎの威厳のある父親だったが、うちのおやじは僕に対しても放任で、おおらかに育ててくれた。それが最近は口うるさくなってきたんです」

小津映画を現代に

 さらに「恐れ多くて僕の口からは勇気がいるが」と前置きしつつ、小津安二郎監督作品は意識していたと打ち明ける。男やもめと年頃の娘という道太郎と弓子の親子関係は、「晩春」や「秋刀魚(さんま)の味」を彷彿とさせるが、「物語を作る部分で、頭の片隅にちょっと置きながらやっていたということはある」と言う。

 「素直になれたりなれなかったりという微妙な距離感が小津さんの親子ものにはあるが、今の時代ではなかなかそういうわけにもいかない。家族を取り巻く環境も結婚という価値観も変わってきていますからね。そのままではなく、現代に置き換えたらどうなるんだろうという考えは、少しあったような気はします」

 映画は栃木県足利市で育った小学生のころから大好きだった。高学年になると小遣いで友達と映画館に行くようになる。入れ替えなしの2本立てが多く、お目当ての作品と併映していた掘り出しもの、例えば「シザーハンズ」(1990年、ティム・バートン監督)や「トレマーズ」(90年、ロン・アンダーウッド監督)といった個性的な作品に心を奪われた。高校生になると、クエンティン・タランティーノやレオス・カラックスなど監督に注目して映画を見るようになる。

 「ハリウッド大作は遠い世界の気がして、自分が映画を作るという発想にはなれなかったが、作家性の強い作品を見始めて、こういう人間に寄ったものだったら、もしかしたら自分も作れるかもしれないという気持ちになった」

 大学に入ると映画のサークルに所属して、「映画にずぶずぶ入っていったんです」。

想像を超えた瞬間

 映画への欲求が高まるばかりで、大学卒業後はNPO法人の映画美学校に入学。その最終年度に知り合った瀬々敬久(ぜぜ・たかひさ)監督から「お前は自主映画でやるよりも、商業映画の現場をやってから監督になった方がいい」と言われ、瀬々監督ら一線級の監督について助監督を務めた。

 「助監督を経由しなくても監督になれる時代だったが、映画美学校では落ちこぼれだったし、助監督も一つの道かなと思った。何よりも映画にかかわってお金がもらえるなんていいなと思いつつ、実際にやり始めたらこんなにつらい仕事はなかったですね」

 毎回やめようと思いながら徐々に助監督の面白さを見いだしていったが、それでも監督をしてみたいという思いは消えなかった。平成27年、30代半ばを過ぎて初の長編「ディアーディアー」を監督。モントリオール世界映画祭に出品されるなど高い評価を受け、今や映画だけでなく、配信ドラマやウェブ作品、さらには東京都品川区の映画館キネカ大森の先付け映像(上映前に流れる映画会社のロゴ、マナー厳守を訴えたりする短い映像)「もぎりさん」と、幅広く活躍する存在となった。

 「正直に言うと、毎回、これが最後じゃないかという不安はある」と口にするが、今後も映画にはこだわりたいと思っている。

 「もちろんうまくいかないこともあるが、うまくいったときの自分の想像を超えていく瞬間みたいなものを、映画の現場では感じることが多い。それが映画をやっている醍醐(だいご)味なのかなと思いますね」(文化部 藤井克郎)

 菊地健雄(きくち・たけお) 昭和53年、栃木県足利市生まれ。明治大学卒業後、映画美学校在籍中に瀬々敬久監督に誘われ、助監督になる。「ヘヴンズストーリー」(平成22年、瀬々監督)、「舟を編む」(25年、石井裕也監督)、「岸辺の旅」(27年、黒沢清監督)など助監督を12年務めた後、27年の「ディアーディアー」で長編監督デビュー。その後、「ハローグッバイ」(28年)、「望郷」(29年)の映画のほか、ウェブ番組「マチビト~神楽坂とお酒の話」、Amazonプライムビデオ「東京アリス」など幅広く作品を発表している。

 「体操しようよ」は、11月9日から新宿ピカデリー(東京都新宿区)、ムービル(横浜市西区)、イオンシネマ名古屋茶屋(名古屋市港区)、なんばパークスシネマ(大阪市浪速区)、イオンシネマ福岡(福岡県粕屋町)、札幌シネマフロンティア(札幌市中央区)など全国公開。

アクセスランキング

もっと見る

ピックアップ