「神通力あるなら場所分かるだろ?」麻原死刑囚も絶句するだけだった 田原総一朗氏がオウム事件回顧

【再び忍び寄るオウム・番外編】(1)

 18年前、世界で初めて大都市で化学兵器を用いたテロ事件を起こしたオウム真理教。連載企画「再び忍び寄るオウム」では、後継団体「アレフ」が一連の事件を知らない若者を勧誘、獲得している実態を追ったが、背景には事件の風化が挙げられる。オウム真理教や一連の事件とは何だったのか。残された課題は-。かつて教団と対峙(たいじ)したジャーナリストの田原総一朗氏に聞いた。(宇都宮想)

田原総一朗氏

田原総一朗氏

「安全神話」崩壊

 平成7年3月20日午前8時ごろ。ラッシュアワーにわく東京・営団地下鉄の計3路線5カ所で、オウム真理教教祖の麻原彰晃(しょうこう)死刑囚(58)=本名・松本智津夫=の指示を受けた教団幹部ら5人が猛毒のサリンを散布した。「水と安全はタダ」という戦後日本の「安全神話」が崩壊した瞬間だった。

 「公共施設の『不審物に注意』という張り紙は、事件以前はほとんどなかった。日本はオウム事件を経験し、テロという行為を認識した。警察組織のあり方や国民の安全への意識という面でも、オウムは社会に大きな爪痕を残した」

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