東日本大震災 七十七銀行女川支店、遺族の心境複雑「息子のために津波の脅威伝え続ける」 行員ら12人の“最後の場所”は消え…

 東日本大震災の津波で、七十七銀行の旧女川支店に勤務中だった長男の田村健太さん=当時(25)=を亡くした宮城県大崎市の主婦、田村弘美さん(54)は、新支店の開業の日を複雑な心境で迎えた。

 「何もなかったと、忘れ去られてしまう…」

 2階建ての旧支店は震災から1年半もたたないうちに取り壊された。健太さんらの「最期の場所」が跡形もなく消えていく様子に、危機感や焦燥感がわき起こった。

 震災直後は片道約45キロを1時間かけて毎日のように往復した。

 「6年半たってやっと、自宅から跡地までは遠いと気づいた」

 昨年の手帳を見ると、一年間で60回以上、支店跡地を訪ねていた。全国の人に津波の脅威を伝え、まず高台に逃げないといけない、と語りかけた。

 健太さんは震災から半年後の平成23年9月26日、旧支店から3キロほど離れたところで見つかった。

 発見前日のことだった。銀行側から行員家族に向けて説明があった。配られた用紙には「死亡退職」「特別見舞金を用意している」などの言葉が並んでいた。

 「健太はまだ見つかっていないのに」

 銀行の対応に、遺族らの不信感は高まった。訴訟を起こして、最高裁まで争った。だが、司法は津波を予想することはできなかった、と結論づけ、遺族側の敗訴が確定した。

 「続けていくしかない。息子のためにやれることをやりたい」。弘美さんは9月に3回、同町で大学生に向けて講演する。

 「未来の社会人が、命は自分で守ると肝に銘じ、その人たちが上席となって、部下に伝えていけば、人命は守られる」。そんな希望を託したいと考えている。(岡田美月)

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