西日本豪雨 カメラマンが見た被災地 復興に向けて踏み出す人たち

妻、奈々さんの遺体が発見され手を合わせる角森康治さん。再婚した奈々さんとその母親、息子2人が土砂崩れに巻き込まれた=8日、広島県熊野町川角(恵守乾撮影)

妻、奈々さんの遺体が発見され手を合わせる角森康治さん。再婚した奈々さんとその母親、息子2人が土砂崩れに巻き込まれた=8日、広島県熊野町川角(恵守乾撮影)

 7月6日に発生した西日本豪雨は、24日時点で224人の犠牲を数える。3日間降り続いた豪雨で、被害は16府県に広がり平成最悪の水害となった。被害の大きい広島、岡山、愛媛の3県で、199人が亡くなった。岡山県真備町では川が決壊し町が浸水、広島県では土砂崩れが相次ぎ、住宅が押し流された。写真報道局では18日間、連日カメラマンを現地に派遣、取材を続けている。被害の大きさに傷つきながらも、復興に向けて踏み出そうとする人たちにレンズを向けた。

本来なら緑が美しいこの時期。泥に覆われた田畑が広がる様子は、上空から見るとまるで違う惑星に来たように見えた=9日、岡山県倉敷市真備町(本社ヘリから、鳥越瑞絵撮影)

本来なら緑が美しいこの時期。泥に覆われた田畑が広がる様子は、上空から見るとまるで違う惑星に来たように見えた=9日、岡山県倉敷市真備町(本社ヘリから、鳥越瑞絵撮影)

 岡山 水に追われて

 岡山県では犠牲者の多くが倉敷市に集中、県内61人の犠牲者のうち50人以上が亡くなった。同市真備町では小田川が決壊、町の約3割が浸水した。

 7日夕、ようやくたどり着いた真備町は、濁った水に覆われ、道路はもちろん、電柱や信号も先っぽがわずかに見えるだけ。撮影に向かおうとするが、あまりの惨状に身の危険を感じ、移動もままならない。

住民が避難する倉敷市立第五福田小学校。扇風機は設置されているがかなり蒸し暑く、避難者の疲労の色が濃い=9日、岡山県倉敷市の倉敷市立第五福田小学校(永田直也撮影)

住民が避難する倉敷市立第五福田小学校。扇風機は設置されているがかなり蒸し暑く、避難者の疲労の色が濃い=9日、岡山県倉敷市の倉敷市立第五福田小学校(永田直也撮影)

 月森裕子さん(43)は「あっという間に水が来た」と困惑の表情。父親と自宅の2階で一夜を明かした。

 翌日、1階を見ると、家具や洗濯機が泥にまみれ横倒しに。「助かった。でも、これからどうしよう…」、ため息をついた。

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