焼失した首里城跡 発掘でジレンマ…ルーツ解明か、遺構保存か

 先月末に那覇市の首里城が焼失したことを受け、専門家から首里城正殿跡の発掘調査を行うよう求める声が上がっている。1980年代の発掘調査は不十分とされ、首里城のルーツが未解明のまま残っているからだ。しかし、本格的な発掘調査を行えば再建が遅れるのは必至で、世界遺産となっている石垣や土台などの遺構が損なわれる恐れも指摘されている。(杉本康士)

 今回の焼失が、結果的に首里城のルーツを解明するきっかけにもなりうると指摘するのは建築史が専門の伊從(いより)勉・京大名誉教授だ。伊從氏は再建する前に、「首里城の遺構を発掘調査するべきだ。首里が成立した時期の手がかりは発掘調査しかない」と語る。

 首里城は、後に琉球を統一した第一尚氏の尚巴志(しょうはし)が1427年までに造営を終え、王城は現在の浦添市から那覇市首里に移転していたというのが通説だ。ただ、それ以前に存在した察度王統(さっとおうとう)の王が首里に高楼を建てたとする記録も残っており、首里城のルーツは正確には分かっていない。

 県は1985(昭和60)~86年度に発掘調査を行い、調査結果などを基にして92年に正殿が復元された。調査では年代が特定されていない柱穴も発見された。県文化財課によると、1427年以前のものである可能性もあるという。

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