熊本豪雨 現地で活動の医師「復興の遅れ心配」

 熊本県南部で大きな被害を出した豪雨で、発災直後の4日に現地に入り、12日まで診療や支援にあたった国際協力NGO「ピースウィンズ・ジャパン」の稲葉基高医師(41)が産経新聞の取材に応じた。被害が大きかった同県球磨(くま)村などで活動。雨が続き、二次災害のリスクと隣り合わせだった日々を振り返った。(鈴木俊輔)

 「高齢者が多い。何とか医療チームを派遣してもらえないか」。地元住民らが逃げ込み、孤立していた同県球磨村の神瀬保育園から連絡が入ったのは、活動3日目の7月6日夜だった。

 稲葉医師ら同団体のメンバーは、4日にヘリコプターで熊本入り。同村の特別養護老人ホーム「千寿園」から救助された入所者らが運び込まれた球磨村総合運動公園などで活動していた。

 《こうのせほいくえん 120メイヒナン》と、避難状況を訴える文字が園庭に作られ、上空から撮影されていた同保育園。電気は止まっており、当時は自衛隊が運び込んだ発電機で外部との連絡が可能になったばかりだった。

 山間にある同保育園は道路が寸断され、車では近づけない。近くの山が崩れれば巻き添えになるリスクもあった。稲葉医師らは電柱や木が倒れ、泥水が川のように流れる道を約2キロ歩いて現地に入った。

 近くの寺と合わせて約100人が避難。稲葉医師らは66人を診療し、道路が開通した夕方には、持病が悪化していた住民を救急車に引き渡した。当初は支援物資も届かず、住民はプロパンガスで沢の水を沸かして飲み水を確保していたといい、稲葉医師は「家族のように助け合う地域のコミュニティーの強さを感じた」と振り返った。

 稲葉医師は12日まで孤立地区や避難所で活動。現地では断続的に雨が降り、氾濫した球磨川の水位が再び上がることもあった。新型コロナウイルス対策も常に念頭に置き、地元住民へのマスクの配布も行った。

 これまでの災害とは異なる点も多かった。「雨が続き、まず安全を確認して活動できるかどうかの判断が必要だった。撤退せざるを得ないこともあった」。さらに、現地では新型コロナの影響で支援活動にも制限があり、「発災直後に必要な救助や医療の面では他県からも支援が入っていたが、ボランティアの少なさは気になった。今後、復興に遅れが出ないか心配だ」と話した。

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