小田原、鎌倉にもかつて御用邸 皇室との深い縁 改めて浮かぶ

 現存する葉山御用邸(葉山町)以外にも、いくつも皇室の御用邸が県内にはあった事実を紙面で紹介してきたが、実はほかにも神奈川には御用邸がかつて存在していた。小田原御用邸(小田原市)と鎌倉御用邸(鎌倉市)だ。具体的にどのように使用されていたのかを、『昭和天皇実録』などの記述でひもとく。

 天皇、皇后両陛下が静養で利用される葉山御用邸以外にも、戦前には御用邸が県内にはいくつもあった。横浜港を見渡す伊勢山中腹に位置し、明治天皇が愛した横浜御用邸や、現在では富士屋ホテルの和風別館「菊華荘」として使用されている箱根町宮ノ下の宮ノ下御用邸、そして昭和初期に現在の三浦市内に建設が計画されながら、恐慌によって頓挫した幻の御用邸「初声(はっせ)御用邸」をこれまで紹介してきた。

 ◆関東大震災で

 小田原御用邸は、小田原城の二の丸御殿跡に明治34(1901)年、創設された。現在の「二の丸広場」にあたる。しかし、大正12(1923)年の関東大震災で大破し、昭和5年に廃止された。

 昭和天皇実録にも明治から大正にかけて、頻繁に記述が出てくる。最初の記載は明治35年1月13日だ。「午後、大磯停車場にお成りになり、小田原御用邸へ旅行途次の昌子内親王・房子内親王と御対顔になる」とある。昌子内親王と房子内親王はともに明治天皇の皇女子だ。

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