運慶作じゃなかった? 重文「木造十二神将立像」から、没後5年の墨書発見

 鎌倉時代の仏師、運慶の作品ではないかと仏像ファンらの間で話題になっていた国の重要文化財「木造十二神将立像」(全12体)の1体から、運慶の没後5年に当たる安貞2(1228)年とみられる墨書きの文字が見つかり、運慶作品と確定できなかったことが分かった。

 所蔵する静嘉堂文庫美術館(東京都世田谷区)は、「墨書は運慶没後のものだったが、この像が安貞2年ごろに制作された可能性が高まり、学術的に大変有意義な発見」としている。

 美術館によると、十二神将立像は同館が7体、東京国立博物館(台東区)が5体を所蔵。運慶が棟梁を務めた「慶派」の優れた作品として知られていたが、運慶が関与したかは不明だった。

 転機は平成24年。12体のうちいずれかの像の内部に「上坊別当執筆、大仏師運慶」との銘文があったことを報じる明治35年の新聞記事を発見したとの論文が発表された。以来、専門家や仏像ファンの間で、運慶本人の作品かもしれないと話題になっていたという。

 そうした中、美術館は平成25年度から順次、所蔵する7体の損傷の修理に着手。銘文の手がかりがないか、像内部の空洞にファイバースコープを入れて撮影するなどの調査も行った。このうち28年度に修理・調査した「亥神像」の内部画像を合成、解析した結果、像内の頭部に「あんてい二ね八月」「あんてい二ね九月十七口(日)」と判読できる墨書が確認された。

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