正岡子規 未発表句を発見 自画像もあり  

 明治期の俳人、正岡子規(1867~1902年)の未発表句5句や自画像などが収められた「歳旦(さいたん)帳」が見つかったことが22日、分かった。東京の子規庵保存会が発表した。今年生誕150年を迎える子規の俳句がまとまって新たに見つかるのは極めて異例で、子規の晩年の句風が分かる貴重な資料といえる。

 「歳旦帳」は子規が亡くなる前年の明治34年の正月、年始のあいさつに訪れた客の記帳用に子規が用意した芳名録のようなもの。元旦から数日間、子規の家に置かれ、弟子の俳人、河東碧梧桐(へきごとう)ら来客に加え、子規自身も俳句や絵を書き込んでいた。

 「歳旦帳」は、子規の全集などでその存在が紹介されたことはあったが、長年所在不明になっていた。その後、平成26年に子規の高弟の関係者が子規庵保存会に寄託。神奈川大名誉教授で国文学者の復本一郎さんが調査し、無記名でだれの句か分からない5句を、筆跡などから子規の未発表句と断定した。

 見つかった子規の俳句は、<寝後れて新年の鐘を聞きにけり><暗きより元朝を騒く子供哉>など、明治期の正月の情景を簡潔かつ写実的に描いた句が並ぶ。復本さんは「いずれの句も内容が良いことに加え、晩年の子規が俳句の『分かりやすさ』を追究していたことがよく分かる貴重な発見だ」と話す。

 また、新たに発見された2点の自画像は、今も教科書などで親しまれている横顔の写真を子規が気に入り、参考にして描いたものだという。このほか、画家の中村不(ふ)折(せつ)が病床の子規を描いた絵なども収められていた。

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