大島渚監督が40年以上前に残した「戦争の詩」 神奈川・三浦市で発見

 「戦場のメリークリスマス」などの作品で知られ、平成25年に藤沢市の病院で肺炎により、80歳で亡くなった映画監督の大島渚さんが、自らの戦争体験に関する詩を40年以上前に書いていたことが分かった。息子のために終戦の日の出来事を記し、戦争の不条理について語り掛ける内容だ。妻で俳優の小山明子さん(82)は「戦争とは何かを、若い世代に考えてほしいという思いが伝わる」と話す。

 「パパの戦争」と名付けられた詩は、大島さんの長男が同市内の私立小学校4年だった昭和48年夏、「親の戦争体験を聴く」という学校の課題を受けて書かれたという。

 元教諭が保管

 平和教育に熱心だった元教諭の那須備述さん(87)=三浦市=が当時文集に掲載し、長年保管していた。小山さんの手元には残っておらず、今年に入り、那須さんから文集のコピーを送られ、存在を確認したという。

 詩は「戦争が終った日、パパ、十三才、中学の二年」と3度繰り返し、前半部分には「朝から将棋をさす。正午、陛下の放送。午後も 将棋をさす。駒、見えていない。王様は、あったかどうか」と20年8月15日の様子を記している。

 また翌16日のこととして、空襲を避けて庭に埋めていた本を掘り出すと、水浸しになっていた様子も書かれている。

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