広島原爆の日 被爆証言「体動き声出る限り」86歳女性、夫の遺志支えに頑張る

 「あなたにできる平和運動は証言活動。だから頑張るんよ」。1年前に亡くした被爆者の夫の言葉を胸に、広島市南区の桑原千代子さん(86)は被爆体験証言を続けている。糖尿病治療のインスリン注射を1日4回、心臓病治療で左胸にはカテーテル(医療器具の管)も通すが、「夫の遺言は私の宝石。体が動き、声が出る限りやる」と信念は揺るぎない。

 昭和20年、当時13歳で国民学校高等科2年だった。爆心地から約800メートル離れた現在の中区にあたる学徒動員先で被爆。「ドーン」という爆音とともに飛ばされ、気がつくと大きな穴の中にいた。必死にはい出した。まもなく再会した同級生らに指摘され、顔半分や左手の皮膚がめくれ上がっているのが分かった。

 数キロ離れた自宅に向かう途中、凄惨(せいさん)な光景を見た。手綱を持ったまま馬と一緒に倒れた兵隊、下敷きになった5歳の息子の救出を必死に懇願する母親、担架の上で手を合わせ念仏を唱えるお年寄り…。「連れて逃げて」と訴える女性に足首をつかまれたが、わびながら女性の指を1本1本離した。後には髪が抜け、歯茎から出血。体には斑点ができ、高熱も出た。

 25年、旧日本専売公社に入社。ここで知り合った知己(ともみ)さんと40年に結婚した。知己さんは原爆で姉1人が行方不明となり、1年半後にはもう1人の姉と祖母が死去。自身は疎開先の現・東広島市から広島市に入り、放射線を浴びていた。

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