西日本豪雨 「記憶の継承」先人が刻んだ教訓、どのように生かせばいいのか?

 西日本豪雨の被災地では過去にあった水害や土砂災害の歴史を、石碑を建てて今に伝えていた。しかし、時間の経過とともに教訓は色あせ、災害に危機感を抱いていた住民は少なかった。課題として浮かび上がった「記憶の継承」。先人が刻んだ教訓をどのように生かせばいいのか。

 供養続け後世に

 豪雨で水没した岡山県倉敷市真備町の源(げん)福(ぷく)寺(じ)。明治26(1893)年に起きた水害では境内も浸水。一帯で200人以上が犠牲となり、住民らが寺の屋根に上って難を逃れたとの伝承が伝わる。昭和4年、当時の住職らが浸水した水位と同じ高さ4メートルはある供養塔を建立した。住職の小谷典(てん)尚(しょう)さん(34)は「水害の恐ろしさを伝えようとしたのではないか」と推測する。

 しかし、長い年月を経る中で地区外からの移住者も増加。歴史の記憶を継承する人が減った。小谷さんも先代の祖父から話を聞いたものの、過去からの「警告」にそれほど関心を払っていなかったという。

 今回の豪雨では、寺の本堂や庫(く)裏(り)が全壊した。歴史に学んだとしても、どこまで対応できたのかは分からない。それでも小谷さんは、今回の被害を後世に伝える方法を模索し始めた。「供養を続ければ、(記憶は)脈々と伝わっていくのではないか」と話す。

アクセスランキング

もっと見る

ピックアップ