「幻の堺鉄道」、明治29年の路線計画図を初公開

 南北を結ぶ鉄道は5路線ある一方、東西路線が1本もない堺市。利便性向上に欠かせないとして「重要課題」に何度も浮上しているが、明治時代に市を東西に結ぶ「堺鉄道」計画があったことはあまり知られていない。その“幻の路線図”の初の一般公開が3日、市立中央図書館で始まった。

 公開されたのは、「堺鉄道線路平面図」と題された計画図。同図書館の総務課副主査、大浦一郎さん(58)が約10年前、東京・神田神保町の古書店で発見したものだ。「大小路(おおしょうじ)停車場」(現在の南海高野線・堺東駅=同市堺区)を起点に、竹内(たけのうち)街道沿いに東へ向かい、松原、藤井寺、古市を経て奈良・大和高田までの約30キロを結ぶ路線が描かれている。

 「堺市史続編第1巻」(昭和46年1月発行)によると、堺鉄道は堺の有力実業家らが明治29(1896)年1月、国に事業申請。周辺農村を堺に直結させるのが目的で、趣意書には「市勢回復のため」などと書かれていた。「堺の旦那衆は、堺が大阪を起点とする路線の『通過点』になってしまうことに危機感を抱いていた」と大浦さんは解説する。

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