約30年に及んだ平成時代…改元と新たな皇室像 日本のありようとは

 --上皇さまの譲位や陛下の即位は、国民が天皇や元号について考える契機となった

 「大変結構なこと。『もう元号なんてやめよう』という声も出るかと思ったが、予想外の『令和フィーバー』になった。今回は譲位ということで崩御を伴わない明るい雰囲気の御代替わりだったこともあるだろう。三種の神器の一部を受け継ぐ『剣璽等承継(けんじとうしょうけい)の儀』などの儀式について国民が知る機会を得たことは良かった」(永原慎吾)

 ◆おおはら・やすお 昭和17年、滋賀県生まれ。京大法学部卒、国学院大大学院博士課程修了。国学院大で日本文化研究所教授、神道文化学部教授を歴任した。専門は近現代皇室制度で、著書に「平成の天皇論」など。

     ◇

 猪瀬氏「鴎外が基本定めた元号」

 --明治、大正期の作家で宮内省図書頭(ずしょのかみ)も務めた森鴎外と、元号との関係とは

 「明治日本は慌てて作った国家だった。だから鴎外は『元号もちゃんと選ばれていない。これではいけない』と考え徹底的に調べた。明治は過去に10回も元号の候補となって落選しているし、大正はベトナムで使われたことがある。そこで鴎外は、元号を徹底的に調べチェックしようと亡くなる間際まで心血を注いだ。元号の基本条件を全部、鴎外が決め、現在の一世一元の元号の思想をつくった」

 --日本国の形式を整えるため、元号は完璧なものでないといけないと

 「そう。元号は国家の天守閣につけるシャチホコみたいなもので、構造設計上は何の意味もないが、やはりシャチホコがないと格好がつかない。国家には飾りが必要だ。そして権威というものは、壊すよりつくる方が大変だ。その点、昭和は候補にもなっていないし完璧だった。新元号の令和がダブりもなく同じく完璧だったのも、鴎外のおかげだと断言できる。いい意味で、鴎外が令和まで拘束した」

 --今まであまり鴎外が果たした役割は語られてこなかった

 「そんな中で僕は、鴎外が亡くなるまでに九割九分作業を終えていた『元号考』に注目した。『書経(しょきょう)』や『文選(もんぜん)』などの出典や改元の理由、どこの王朝で使用されたかや、候補に挙がった元号を示した辞典みたいなものだ。これについて解説を書き、『元号通覧』(講談社学術文庫)として1日に刊行した」

 --元号は明治以降の国家のあり方に深く関わっている

 「日本人は、国家論をあまり語らない。天守閣があって金のシャチホコがあると。どこの国にも、われわれは何者か-とかを示すものがある。元号は今、日本でしか使われていない。どうして日本しか使用していないのかなどを考えるのが国家論だが、右派も左派もイデオロギー的なことしか言わないから、本質的な議論がない」

 --国家には物語や神話が必要だ

 「そうだ。鴎外はドイツに留学して近代を知り、歴史科学も学んだ。『神武天皇から2600年続いた王朝』というのは実証的な史実ではないと分かっている。分かった上でどう振る舞うかが近代の悩みだ。そういう訓練をしながら、それでも必要だと考えるに至る。ところが今の日本人は神話を知らないし、自覚して鴎外のようにそれに対処するという頭の処理の仕方もしていない。いい意味での屈折を抱えていないから深みがない。これからの日本はどうなるのかと思う」 (阿比留瑠比)

 ◆いのせ・なおき 昭和21年、長野県生まれ。62年に『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。平成14年、道路関係四公団民営化推進委員会委員に就任。24年12月から東京都知事を約1年間務めた。

アクセスランキング

もっと見る

ピックアップ