将棋界のスターたち 本業以外で人気…貴重な有名人

勝負師たちの系譜

 この2~3年、将棋界と将棋の棋士は、マスコミによく登場するようになった。どんな形にせよ取り上げられるのは、有り難いことである。

 ただマスコミが追いかけるのは、一般の人が知っているスターだけだ。いやスターと言うより、有名人と言うべきか。

 一人のスターが、その世界を一気にメジャーにすることはよくある。卓球は、今は日本人が世界で活躍する注目のスポーツだが、以前はゴールデンタイムに放送するなど考えられない、マイナースポーツだったと思う。これを一気に注目させたのが、愛ちゃんこと福原愛さんだ。極端に言えば、彼女一人で、世間の注目を引いたのである。

 ゴルフは元々メジャーであったが、石川遼選手のスターぶりは異常だった。トップ選手になる前から「今回の大会では石川は優勝できなかった」という報道はあれど、誰が勝ったかほとんど言わないという、信じられない報道が続いたのである。

 将棋界の藤井聡太七段のデビュー時も、似た状態が現れた。まだタイトルに届いていないのに、ニュースの途中で藤井が勝ったとか、果ては休憩時間に何を食べたかが報道される、異常事態となったのである。それだけ藤井にスター性があるということだ。

 羽生善治九段の七冠制覇の時も大変だったが、こちらは実績を見せつけた後の話。もっとも本業だけでスターになったのは、この2人だけかも知れない。

 あと、加藤一二三九段という有名人もいる。18歳でA級という、誰も破れない記録を作った天才だが、有名になったのはむしろ、引退前後からのタレントとしてである。

 もう一人将棋とは関係なく、株主優待で有名になったのが、私と奨励会入会が同期の桐谷広人七段。自転車で株主優待権を使い切るまで走る姿は、タイトル保持者より有名になったのである。

 スター(有名人)がいかにその世界にとって大切かは、日本将棋連盟の故・米長邦雄元会長はよく知っていた。

 49歳で名人になり、1年でその座を明け渡した後、色紙に名人と書き、その上に「有」の字を入れていた。氏一流のジョークだが、世俗に長けた氏らしさが表れている、と私は感じた。

 ■青野照市(あおの・てるいち) 1953年1月31日、静岡県焼津市生まれ。68年に4級で故廣津久雄九段門下に入る。74年に四段に昇段し、プロ棋士となる。94年に九段。A級通算11期。これまでに勝率第一位賞や連勝賞、升田幸三賞を獲得。将棋の国際普及にも努め、2011年に外務大臣表彰を受けた。13年から17年2月まで、日本将棋連盟専務理事を務めた。

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