戦国期、九華の木板発見 足利学校、最盛期の史料

 足利学校(栃木県足利市)の校長に当たる第7世庠主(しょうしゅ)、九華(きゅうか)が敷地内の稲荷(いなり)社の再建経緯などを記した木板が解体修理中の大成殿から新たに見つかり、12日、報道陣に公開された。戦国時代、学徒3500人以上を抱え「板東の大学」と評された最盛期を知る貴重な史料といえそうだ。

 木板は縦39センチ、横11センチ、厚さ1センチ。墨書で「神体は半ば剥落し、宮も風雨に破らる。宮殿を建立し、新たに神体を奉る 九華誌之」などと記されていた。片面には退色で詳細不明だが、稲荷社の祭神「荼枳尼(だきに)天」らしき姿も描かれている。

 同学校の歴史をまとめた江戸時代の古文書には、この木板の内容と、九華が天文23(1554)年、稲荷社に八幡大菩薩を合祀(ごうし)したことを記す木板の内容を併記。このため、同じ年に九華が鎮護のため荼枳尼天と八幡大菩薩図を奉納し、経緯を裏書きしたとみられている。八幡大菩薩図の木板は現存していたが、荼枳尼天図は所在不明だった。

 孔子を祭る孔子廟の正殿「大成殿」としては国内最古とされ、寛文8(1668)年に建築。2年前から文化庁の指導を受け解体修理中で、木板は敷居の下の2本の木材の隙間に挟まれていた。木板の前半部分は欠落していた。

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