鉛の鉄砲玉など出土 和歌山・上富田の龍松山城跡

 和歌山県上富田町教委は、南北朝時代から戦国時代まで紀南地方で勢力を伸ばした室町幕府奉公衆、山本氏の本城・龍松山城(りゅうしょうざんじょう)跡(市ノ瀬)で行っている発掘調査の成果を発表した。鉛の鉄砲玉などの金属類約150点のほか、土器などの破片数千点といった遺物が出土した。調査に当たった県教委の担当者は「山城で生活が営まれていたことが明らかになる貴重な発見だ」と話している。

 山本氏は市ノ瀬を拠点とし、室町時代には将軍の直属の御家人である奉公衆として各地の戦に参加。秀吉の紀州攻めに最後まで抵抗したことで知られる。

 町教委は、山本氏に関する中世城館の保存・活用のため、平成30年度から県教委文化遺産課の協力を受け、龍松山城跡とその向かい側にある、幻の館といわれた坂本付城(さかもとつけじろ)跡の測量や発掘調査を行っている。

 今回は、標高約120メートルの山城の頂上部にある「一の曲輪(くるわ)」のうち、約93平方メートル分の調査結果が発表された。土塁や柱を支える礎石といった遺構のほか、武具や銅銭、茶碗や備前焼の壺の破片といった生活道具、城に備蓄されていたとみられる炭化した米などが発見された。

 町によると、出土したのは15世紀前半~中頃の遺物が最も多いといい、誰が住んでいたのかは不明だが、この時期に山城が生活の場となっていたとされる。また、碁石などの娯楽品や青磁などの高級品も見つかったことから、日々の暮らしが豊かだった一方、発射後の鉄砲玉も見つかり、山城で戦があったこともうかがえるという。

 15日午後1時半からは龍松山城跡で発掘調査の現地説明会(荒天時中止)が開かれる。地元住民らによる山本氏を弔う踊り「一ノ瀬大踊り」(県指定文化財)も行われるという。

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