「坂の上の雲」影のキーマン、加藤拓川の展覧会 大阪

 俳人・正岡子規の叔父で、外交官や衆院議員、松山市長を務めた加藤拓川(たくせん)(1859~1923年)の足跡をたどる展覧会が、大阪市北区の大阪府立中之島図書館・本館3階展示室で開かれている。拓川を祖父に持ち、子規の妹・律の孫である正岡明さん(74)=奈良市=の所蔵品で、その幅広い交友や信条を紹介している。

 拓川は日露戦争前後、露・英・仏・独の列強に囲まれたベルギー・ブリュッセルで、多くの要人と接触。第一次世界大戦のパリ講和条約に出席したほか、親友の原敬首相の要請で特命全権大使としてシベリア撤兵に尽力した。

 幕末の愛媛・松山出身で、司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」では、子規の上京に尽力した人物として描かれている。もう一人の主人公で、日露戦争で活躍した秋山好古(よしふる)とは幼なじみの大親友。「坂の上の雲」の“影のキーマン”ともいうべき人物だ。

 会場には、好古が日露戦争出兵の直前に拓川に宛てた手紙をはじめ、帝政ロシアを揺さぶる諜報活動を行った軍人・明石元二郎、文豪・夏目漱石からの絵はがきなど幅広い交友がうかがえる資料を展示。拓川がフランス土産として持ち帰り、子規が「フランスの一輪挿しや冬の薔薇」(明治30年)と詠んだアールデコ調の一輪挿しなど、子規の貴重な遺品も出展されている。

 注目されるのは、第一次世界大戦を経て発足した国際連盟の意義について記した拓川の自筆書。「侵略主義即ち盗賊主義」「サーベルを帯びて平和を説くは酒樽を抱きて禁酒を説くがごとし」とあり、外交官としての信条や人柄が伝わる。

 司馬遼太郎が「友達とつきあうために人の世にうまれてきたのではないかと思われるほどに、人というものが好きであった」(『ひとびとの跫音(あしおと)』)と評した拓川。正岡さんは「自分は表に出ずに交友した多くの要人を結びつけ、歴史の舞台回しのような存在だったのかもしれません」と話している。

 18日まで。15、16日は休館。開室時間は午前9時~午後5時(最終日は正午まで)。入場無料。問い合わせは同図書館(06・6203・0474)。

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