メンデルも驚き ディープな変化朝顔の世界

 「変化(へんか)朝顔展」という催しが8月24日~9月1日、広島市植物公園(同市佐伯区)で行われた。変化朝顔は突然変異のアサガオのことで、ボタンのような八重咲きの花が咲いたと思えば、細長い花びらを持つ花もある。展示に並んだ約50種類200点はどれもアサガオには見えないほどだ。江戸時代から庶民の間で人気だったという変化朝顔の奥深さを探った。

 ■千変万化の咲き姿

 「変化朝顔は種をまいてみないと、どう育つかわかりません」。こう話すのは「広島あさがお研究会」の荒谷直(すなお)さん(69)だ。

 大きな魅力はさまざまに咲く花の様子。だが、葉やつるにも大きな変化が表れる。糸のような葉ができることがあれば、多肉植物のような葉ができることもある。つるも巻き付かずにしだれのように垂れ下がったり、まったくつるが伸びないアサガオもある。

 これら突然変異の変化朝顔はどうやって育てるのか。「種をまいて子葉が出てきたとき、他とは明らかに異なって、ねじれた子葉が確認できたら『出物(でもの)』と呼んで、変化朝顔に成長していきます」と荒谷さん。

 こうして変化朝顔を楽しめるのだが、これら出物は花が咲いたとしても、おしべやめしべがなく、種を採取することはできないことが多いという。一代限りの観賞用というわけで、今後につなげるには、変化朝顔になり得る種を確保することが重要になる。

 そのために、正常な子葉を「正木(まさき)」としてきちんと育てて花を咲かせた上で、一般的なアサガオと少し違った花を咲かせたものなどについて「劣性遺伝子を持っているだろう」と目星を付けて選別。種を採取しておくという。メンデルの法則の考え方に基づくやり方だ。

 メンデルの法則では、劣性遺伝子を持つ個体同士を交配させれば、4分の1の確率で劣性遺伝子しか持たない個体が発生する。荒谷さんは「アサガオは種を保存することがポイント。このため、一度に20~30個ほどの種をまいています」と話す。

 ■原爆投下にも負けず

 広島市植物公園などによると、アサガオはヒルガオ科に属し、奈良時代に中国から伝わったとされる。平安時代は薬用植物として育てられたが、江戸時代には園芸植物として全国各地で育てられるようになった。

 そうした中、18世紀前半に備中(びっちゅう)松山(岡山県高梁市)に花の変異体が現れ、画家の伊藤若冲(じゃくちゅう)が描くなど注目を集めた。文化・文政期(1804~30年)になると、変化朝顔は珍しいもの好きの江戸庶民たちの間で大人気となった。

 メンデルの法則が発表されたのが1865年。庶民らは変化朝顔ができる仕組みを経験で知っていた。法則が発表される以前から種を保存し、現代まで脈々と受け継がれてきたのだ。

 広島市植物公園企画広報係の泉川康博さんは「バラも品種改良の歴史があるが、常木なので接ぎ木などで種の保存を行っている。それに対して、アサガオは一年草なので種子を保存することが他品種とは大きく異なる」と話している。

 同公園での展示は昭和57年から続いており、公的機関としては日本一長い歴史を誇る。荒谷さんは「昭和20年に原爆が投下されて広島が焼け野原になっても、変化朝顔の遺伝資源が残っていたことは奇跡。この歴史を後世に残すのは使命だと思っています」と話している。

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