7万年の歴史を閉じ込めた「年縞」福井の湖底に眠る

 福井県の名勝、三方五湖のほとりに「福井県年縞(ねんこう)博物館」(同県若狭町)がある。あまり聞き慣れない言葉だが、年縞とは湖底に堆積した地層のことを指す。三方五湖の一つ、水月湖(すいげつこ)には7万年もの歴史を閉じ込めた年縞があり、「世界標準のものさし」として使われているのだという。

世界最大の厚み45メートル

 今年9月15日に開館から1周年を迎えた同博物館。2階に上がると、約45メートルにわたって100枚のステンドグラスが並べられている。水月湖をボーリングして湖底から掘り出し、凍結乾燥させて樹脂で固めた後に削りだした「年縞」だ。展示の「45メートル」という数字は、実際に湖底に存在する厚さと同じ。世界最大の年縞なのだ。

 通常の地層は何百年、何千年という単位で砂や土、石や火山灰が積み重なってできる。これに対し年縞は、湖沼の底に堆積したものがしま模様に描かれる。

 水月湖の湖底の場合、春から秋にかけて水中のプランクトンの死骸が黒く積もる。生物活動が鈍る晩秋から冬は、鉄分や、大陸からの黄砂が白く残り、1年で黒白の一対のしまが形成される。

 これが7万年もの間、規則的に繰り返されてきた。そのため、積み重なった層を数えていけば年代が判別できる。ある層に植物の葉や火山灰が見つかれば、それがいつの年代なのか分かるということだ。

 この特徴がもたらす恩恵は大きい。水月湖の年縞の各層に含まれる葉の化石について炭素の分析を進めたことで、化石や遺物調査に使われる「放射性炭素年代測定」の精度が大きく高められた。2013(平成25)年には測定に関わる世界的基準に採用され、水月湖の年縞は「世界標準のものさし」と呼ばれるようになった。

好条件が重なる

 年縞が形成され始めた7万年前といえば、人類がアフリカ大陸を出て、世界に広がった時代。水月湖の年縞が、人類が歩んできた地球史の解明に貢献することは間違いない。

 では、なぜ水月湖で年縞が7万年前から今まで形成され続けているのか。

 水月湖の水深は34メートル。湖底近くは酸欠状態で魚などが生息できないため、湖底の堆積物が荒らされることがない。また、直接流入する河川がないほか、近くで洪水や氾濫が発生しても隣の三方湖が緩衝材になってきた。こうして湖底の状態が維持され、年縞がきれいに残ることになった。

 さらに、年縞が堆積し続けると湖底がせり上がり、やがて湖がなくなってしまうかもしれないが、三方五湖の一帯がじわじわと沈降しているため、水縞を形成する水深を保ち続けた。

 これが火山にできる火口湖の場合、水が強い酸性のため生物が生息できず、年縞が形成されることが多いのだが、火山活動などにより大きな地形の変化が起き、年縞の形成が途切れてしまう。

 水月湖はこうした好条件が重なり、世界最大の45メートルに達することになった。

氷河期の気候も解き明かす

 水月湖で、年縞の存在が確認されたのは平成3年。その後、大規模な調査が4回行われ、年縞博物館に展示される年縞のステンドグラスは26年の第4次調査で採取されたものだ。

 こうした調査の成果は、多岐にわたる。例えば、年縞に含まれた花粉の化石の分析で湖周辺に生えていた植物を割り出し、過去の時代の気候を明らかにした。氷河期の約3万年前でいえば、湖周辺にトウヒなど針葉樹がまばらに生えた草原だったと判明したことで、寒く乾燥した気候だったと示された。また、人々が湖周辺に暮らし始めたと考えられる縄文時代の約1万2千年前にはブナ、コナラ、オニグルミの林が広がり、気候は暖かで安定していたことが分かったという。

 こうした成果の他、年縞に含まれる黄砂や火山灰を調べ、偏西風の風向きの変化も研究されている。

 同館の北川淳子学芸員は「年縞からわかる環境変遷は、地球の環境変動の仕組みについて明らかにしていくだろう。過去だけでなく、研究の進展で将来の予測にも貢献していくことが期待される」と話す。

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