近江鉄道の電気機関車、最後の1両が故郷に旅立ち

 近江鉄道(滋賀県彦根市)から、貨物列車の牽引などで昭和の時代に活躍した電気機関車が完全に姿を消した。機関車を順次解体していくことを発表した平成29年時点で彦根駅構内に留置されていた10両のうち、8両が解体され、1両が移設されて東近江市で保存。最後まで残っていた「ED31形3号機」が先月27日、譲渡先に旅立った。行き先は同機を大正12(1923)年に製造した会社を前身とする東芝の子会社。100年ぶりの里帰りとなった。

 セメントの原石、ビール、カーボンの原材料といった貨物輸送が盛んだった近江鉄道は終戦直後から、積極的に国鉄から廃車となった電気機関車を譲り受けるなど、増備を進めた。しかし、トラック輸送が進み、年々輸送量は減少。昭和63年に貨物営業は廃止された。その後、一部の機関車は平成になっても工事用やイベント列車を牽引したが、現役を退いた後は同駅に集められていた。

 5両が在籍したED31形は大正12年生まれ。国産電機機関車の走りで、凸形のスタイルでファンの人気を集めた。4両保有だったED14形は大正末期に米国から輸入された。ロコ1101を合わせた10両は、日本の電気機関車の歴史を語るうえで価値が高く、平成19年に同駅構内オープンした「近江鉄道ミュージアム」の目玉となった。

 しかし、全機とも老朽化が進み、継続的な保存が困難として、29年末に解体の方針が明らかにされた。移設費の負担する引き取り手が現れれば、無償譲渡することも決めたが、8両は解体。ED31形の3、4号機だけが、30年末のミュージアム閉館後も、そのまま同駅に留置され、仲間の機関車と同様の運命をたどるかと思われていた。

 ところが昨年、産業遺産を街づくりに活用しようと、滋賀県東近江市のびわこ学院大の学生らを中心に保存活動が始まり、移送費約500万円を募るクラウドファンディングに成功。4号機が昨年12月、同駅から同市の酒造会社に移され、保存されることになった。

 そして、残った3号機も先月27日夜、当時の国鉄から移籍してきた昭和30年代から過ごした湖国を去るときがやってきた。ただ、解体のためではない。譲渡先は鉄道車両の製造など、インフラ事業を手掛ける「東芝インフラシステムズ」(川崎市)。ED31形を製造(機械部分は石川島造船所=現IHI=が担当)したのが、東芝の前身となる芝浦製作所で、里帰りという形となる。

 東芝の博物館「東芝未来科学館」(川崎市)のホームページの「1号機ものがたり」というコーナーでは、ED31形を「日本初の40トン直流電気機関車」と紹介しており、「民間企業初」という記述もある。同機が同社の歴史の中で大切な「製品」であることが分かる。

 4号機を保存するプロジェクト代表のびわこ学院大教育福祉学部の●(=降のつくりににてんしんにゅう)軍(パン・ジュイン)教授は「3号機が、もともと製造された会社に譲渡されたことはうれしい。イベントなどお互いに連携して何かできれば」と話している。

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