「行き当たりばったり人生」がたどり着いた“恩恵” 直木賞を射止めた川越宗一さん

 振り返ればぼくの人生は、「行き当たりばったり」としか言いようがない。

 フワフワした少年時代を過ごし、中学校では「川越くんは聞き分けがないから自由な校風の高校へ行ったほうがいい」と先生に勧められてそのようにし、浪人までして入った大学にはほとんど通わず辞め、モラトリアムにしがみつくように30歳くらいまでバンド活動に時を費やした。とある企業に拾ってもらって救い出されるようにサラリーマンとなり、4年前に新しい趣味くらいのつもりで始めた小説執筆では、いつのまにか対価を得るようになった。まとめると前述のとおり「行き当たりばったり」なのだが、ばったり倒れた先で、こんど直木三十五賞、通称直木賞をいただくことになっている。わがことながら、不可思議きわまりない。

 直木賞は小説書きとしては大変な栄誉だ。その長い歴史の全てを把握しているわけではないぼくの勝手なイメージだが、実力と実績のある作家に満を持して授与されるものという印象があった。ただし小説の賞であるから、小説を書こうなどとつゆも思っていなかった4年前までのぼくには文字通り別の世界の話だった。小説を書き始めてからも、目標に据えたり願望の対象にできるほど現実的なものではなかった。

 だから受賞の連絡をいただいても信じられなかったし、それから2週間近くが経ち本稿を書いている今も、現実感が伴わない。インタビューや書店さん回りなど、受賞にまつわる忙しさに押し流され、お祝いの花で植物園の一角のごとき様相を呈した自宅に帰るたび、人生の不思議さに戸惑う。いっぽうで、別の感慨もある。

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