囲碁対局停止処分の依田九段 「最後の無頼派」の仰天伝説

 たとえば、20歳を過ぎても、ネクタイをひとりで結べなかった。碁に関係ないこと、必要があると思えないことは覚えようとしないのだ。テレビ対局のときなどは、首を差し出してスタッフらにネクタイを締めてもらっていた。

 そんな状況でも、「何かに大きく秀でている子は、何かできないことがあるものだ。仕方がない」と、師匠は無理に教えこもうとはしなかった。

 18歳で内弟子から独立して一人暮らしを始めたのは、遊びたいがためだった。碁の勉強を疎かにし、博打、酒、オンナにのめり込んでいったという。

 〈この当時は女性が複数いる時期のほうが長かった。電信柱すら女体に見えるサル状態だったから、最高で8人同時進行という時期もあった。それでもほとんど罪悪感はなかった。恋人の関係という意識が希薄だったからである〉

 と、依田九段は著書『どん底名人』(角川書店)でも吐露している。

100万円使い切るまでギャンブルはやめない

 ギャンブルは好んでやった。タイトル戦で韓国を訪れたときも、時間が空くとカジノに向かった。バカラをやるためだ。

 持ち金は100万円。負けている時間のほうが長かったのだが、いっとき、勝ちが続いてもやめないし、残りあと数万になっても「これだけ残っているから」とやめない。結局100万円をすべて使い切って、やっと勝負が終わる。

 「こんなところで勝って、運気を使ってはいけない」と依田九段は大真面目に言うのだ。

 持ち金の範囲内ならまだいい。韓国に対局に行くと決まってカジノに入り浸りになり、借金をしてまでギャンブルにのめり込むこともあった。「金銭感覚が麻痺し、やめられなかった」と著書『プロ棋士の思考術』(PHP新書)で記している。

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