二十歳のころ 小池百合子氏(2) 「人のやらないことをやれ」父の教えでカイロ大へ

 カイロ留学は、甲南女子高時代(神戸市)に決めていました。育ったのは兵庫県芦屋市。土地柄なのか、当時から隣近所で留学すること自体は珍しいことではありませんでした。「~ちゃんは米国に行くみたい」とか。私のいとこも中学から英国に留学しました。

 そして高校2年の春、父の本棚である本を見つけたのです。「中東北アフリカ年鑑」という外務省の外郭団体が出している分厚い本で、国別の歴史、政治、行政、そして教育。さまざまな分野の情報が詰まっていました。

 カイロ大学についても、学部の種類や学生数など、詳しく書いてあり、そのとき「カイロ大留学」をピンポイントで決めました。子供は親の本棚をこっそり見ているものです。皆さんも心していただきたいと思います。

 父・勇二郎は私の決断に大喜びでした。石油などの貿易商で、家にもアラブの人が出入りしていました。兄が1人おりますが、一人娘をアラブに旅立たせるのは親とすれば珍しいでしょうけど、わが家は別です。いつも「人のやらないことをやれ。人がやっていることは誰かにまかせておけ」と言っていました。

 世話焼きで、何にでも首を突っ込む父は、自分の仕事もそっちのけで熱中するタイプでした。友人の会社が倒産しそうだと知れば手伝ったり。いきなり家に大きなピアノが届いたこともありました。ピアノ店の危機を救ったようで、お礼にと届いたものです。

アクセスランキング

もっと見る

ピックアップ