ジェンキンスさん死去…「妻たちは拉致被害者」 証言で事件を白日の下に

 朝鮮戦争(1950-53年)休戦後も半島の38度線は緊張が続いていた。厳しい任務から逃れるように、南側の在韓米軍の兵士らが北側に“脱走”するケースがまれにあった。

 62年に2人、63年に1人。そして65年に4人目の越境者となったのが11日に死亡したチャールズ・ジェンキンスさんだった。北朝鮮は4人を歓待。朝鮮語や北朝鮮の統治理論である主体(チュチェ)思想を学習させ、市民権まで与えた。

 ジェンキンスさんは、士官を養成する鴨緑江(アプロクガン)大学で英語を教え、北朝鮮で聴取できる英語放送のラジオ番組の内容も翻訳した。

 北朝鮮はまた、米国を刺激するように4人を効果的に利用した。金正日総書記が制作を指示した反米プロパガンダ映画「名もなき英雄たち」に俳優として出演させた。窮屈な生活に嫌気がさした4人は平壌のソ連大使館に駆け込み、「亡命」を試みたこともあったが、望みは絶たれる。あるときから、北朝鮮当局は4人に結婚を勧めるようになった。相手はいずれも各国からの拉致被害者だった。

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