「ミスター危機管理」被害減らす発想の重要性説く 佐々淳行氏死去

 「ミスター危機管理」として親しまれた佐々(さっさ)淳行(あつゆき)氏が亡くなった10日、菅(すが)義偉(よしひで)官房長官は、記者会見で「危機管理のプロとして大いに活躍した。功績をしのび、ご冥福をお祈りする」と述べた。また、業績について「危機管理という言葉が多くの国民に知られるようになった」とたたえた。

 防衛庁へ出向中の昭和52年、米ソが核戦争の危機に直面した「キューバ危機」の米側対処を研究していたときのこと。「クライシス・マネジメント」という言葉が多用されていることに気付く。それに「危機管理」の訳語を当てて防衛白書に書き込んだのが、佐々氏だった。

 佐々氏は常々、国家的危機のときの政治権限の明確化などを訴えていた。

 だが平成7年の阪神大震災の際、災害対応で後手に回る村山富(とみ)市(いち)政権を目の当たりにする。発生約2カ月後、産経新聞のインタビューで「危機管理システムの国家的な構造的欠陥がやられた」と無念の胸中を明かしている。

 父の弘雄氏は政治学者出身で後に朝日新聞論説委員室主幹などを経て参院議員。兄も東大から朝日を経て作家となった。戦国武将の佐々成政の流れをくむ佐々家の「家名を汚すことなかれ」と厳しく教育され、17歳のころ弘雄氏が亡くなり奨学金で東大に進学。

 当初は学者かジャーナリストを志望していたが、「国民の税金で卒業できた。恩返しに全体の奉仕者となる」と心に決める。

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