部下がついてくる!「角栄流」上司の心得 気に入らない相手にも全力で向き合う

究極の人心収攬術

 人が生きていくうえで、「しがらみ」は避けることができない。「しがらみ」の中には、時に自分の足を引っ張る敵もいる。しかし、敵を敵としているままでは、人脈の裾野は広がらない。広大無比の人脈を誇った田中角栄は、次のように言ったものだ。

 「気に入らない相手でも、全力で向き合ってみることだ。これが、相手に対する最大の気配り。真の信頼関係が生まれる可能性が出てくる。ダメな相手でも、突き放して土俵の外に出してしまう必要はまったくない。いつか、『よっ、元気か』と声がかけられる。仲間になれるときもあるんだ」

 筆者は若いころから、テレビのキャスターとしても活躍した政治評論家の三宅久之に親しくしていただき、政界のあれこれを学んだ記憶がある。三宅は比較的バランスの取れた発言をすることで定評があったが、時に田中角栄並びに「数」で押す田中派を“辛口”で評することもあった。

 その三宅から、昭和60(1985)年元日の田中邸での新年会に出かけたときの、こんな話を聞いたことがある。

 「政治家はもとより、高級官僚、経済界の歴々、新聞・テレビ各社の幹部から、新潟の支持者、田中家と私的なつながりの人々などで、ごった返していた。秘書の早坂茂三にあいさつして帰るつもりだったが、座敷にいた角さんが私を見つけ、『あがれ、あがれ』と声をかけてきた。あがると、角さん、自分の側に座れという仕草をして、『何か飲むか』と聞いてきた。『日本酒を』と言うと、『まあ、飲め』と言ってお銚子を持って酌をしようとするんだ。“越山・田中角栄の酒”とラベルの貼ってある吟醸酒だった」

 「さすがに、私は言った。『いや、手酌でやります。しょっちゅう悪口を言ったり書いたりしているのに、お酌をもらうわけにはいきません』と。すかさず、角さん、言ったね。『評論家は悪口を書くのが仕事だ。気にするな。政治家は悪口を書かれるのが仕事じゃないか。さあ、やれ』と、サラッと言う。参ったね。あの懐の深さには」

 この話の約2カ月後、田中は脳梗塞に倒れ、言葉を失った。筆者は、田中が倒れてからの三宅の田中評が、それまでと比べていささか穏やかに感じたものだった。この手で“籠絡(ろうらく)”された政界関係者には、他にも石原慎太郎など多々いる。「しがらみ」をどうさばくかで、人脈の裾野の広がりが違ってくることを知るべしである。=敬称略(政治評論家・小林吉弥)

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