大阪12区補選で敗退 自民大阪府連は「解体的出直し」が必要

 【政界徒然草】

 21日の投開票をもって1カ月にわたった平成最後の統一地方選が幕を閉じた。もっとも注目を集めた衆院大阪12区補欠選挙は、自民党の完敗に終わった。衆院沖縄3区補選とともに夏の参院選を占う試金石ともいわれたが、7日投開票の大阪府知事・市長のダブル選に続く「負の連鎖」を止めることはできなかった。自民党府連は候補者選定で迷走するなど明確な戦略を打ち出せず「解党的出直しが必要だ」(現職閣僚)と厳しい批判にさらされている。

 ■ダブル選から迷走

 大阪12区補選は自民党の北川知克元環境副大臣の死去に伴うもので、知克のおいで自民新人の北川晋平氏=公明推薦=は「弔い合戦」をアピールした。しかし、結果は日本維新の会がダブル選の勢いを維持し、維新新人、藤田文武氏の圧勝で終わった。

 自民党が敗れた最大の理由は、自らの支持層が切り崩されたことにある。

 ダブル選では、自民党推薦候補は公明党府本部が推薦、国民民主党府連も支持、立憲民主党府連と共産党も自主支援を打ち出した。単純に各党の票を積み上げれば大差で勝てるはずだった。

 しかし、維新側は「維新vs反維新」の構図を逆手に取り、与野党相乗りを「野合」と激しく批判した。特に理念も政策も相反する自民、共産両党の「自共共闘」をやり玉に挙げた。

 府連幹部は「勝手に共産党に応援された。抱きつき作戦だ」とぼやくが、都構想を問うた平成27年の住民投票では、自民党の参院議員が共産党幹部と同党の街宣車で演説する「自共共闘」が保守系支持者に衝撃を与えた。

 今回のダブル選ではそうしたあからさまな「自共共闘」はなかったものの、共産の自主支援の打ち出しにインターネット上では「自共共闘」の文字が躍った。

 焦った府連は「共産党とは一切の関係はありません」とホームページで釈明したが、火消しに躍起になる姿はかえって府連の場当たり的な対応を際立たせ、結果的に自民支持層の半数が維新に流れた。

 ■維新は「一軍」府連は「二軍」

 ダブル選と補選の連勝で大阪は「維新一強」体制となった。しかし、維新の母体である地域政党「大阪維新の会」はそもそも自民党府連と「同根」だ。

 維新の創設者の橋下徹前代表が大阪府知事だった21年4月、府政改革の姿勢に共鳴する松井一郎大阪市長ら当時の自民党若手府議ら6人が府議会の新会派「自民党・維新の会」を結成したのが出発点だ。

 府連はその後、自力で支持を広げることができず、大阪で自民の地盤沈下は進んだ。自民所属の国会議員は「言葉は悪いが、『一軍』が維新に行き、『二軍』が府連」と揶揄(やゆ)する。

 看板政策「大阪都構想」を訴えて突き進む維新を尻目に、自民党府連はダブル選の候補者選びで迷走。府知事選で俳優の辰巳琢郎氏の擁立を目指したが、党本部に説得を泣きついて党幹部をあきれさせた。

 市長選に擁立した元大阪市議の柳本顕(あきら)氏は夏の参院選で自民の公認を得ていたが、それを返上して臨んだ。推薦した公明党府本部の幹部は「参院選に出れば、相当高い確率で当選していたはずだった」と悔やむ。自民党は補選直後、参院選大阪選挙区(改選定数4)に2人目の公認候補を擁立しない方針を決めた。現職の太田房江氏と柳本氏の2人を公認していたが、ダブル選と補選の敗北続きで2人擁立による共倒れを懸念したためだ。

 「大阪の自民はどうにもならん。みんな好き勝手なことばっかりやっている」

 選挙後、府連幹部さえも自虐的にそう語り、自力での再生は望めそうにない。

 ただし、ダブル選と補選で首相官邸の動きが鈍かったことも敗戦に影響した。安倍晋三首相(自民党総裁)が宿願とする憲法改正には維新の協力が欠かせないことや、菅義偉(すが・よしひで)官房長官と松井氏の親交が深いことが背景にある。

 府連は「官邸は何もしてくれなかった」と不満を漏らすが、党選対関係者は「官邸が協力してくれなかったとか、共産党に抱きつかれたとか、府連は人のせいばかりにする。自分たちの力が足りないという反省はしない」と突き放した。

 「キャプテンがいないから打順も決められない。ポジションを固めてくれたらいいけどシートノックしても顔にぶつかっちゃう」

 党幹部はリーダー不在の府連の現状を野球に例え、こう説明した。

 補選後、永田町には衆参同日選を想定する「ダブル風」がまた吹き始めた。このままでは大阪は壊滅的な敗北を喫しかねない。今回の負けを「地域特有の事情」と予防線を張る向きもあるが、府連は自力での再生を目指すよりほかはない。(政治部 長嶋雅子)

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